愚公移山

三鹿ショート

愚公移山

 彼女には、常に寂しさが付きまとっているらしい。

 それは、両親が仕事に生き、姉や兄も自分のことばかりにかまけていたために、己のことを見てくれる人間が存在していなかったことが影響しているのだろうと、彼女は分析していた。

 その言葉を聞いて、何故彼女が多くの人間に対して媚びを売っているのかを、私は理解した。

 だが、今の彼女には、私以外に親しい人間が存在していない。

 それは、とある男性の気を引くために、彼のことを誘惑したことが原因だろう。

 彼は誘惑に負けることはなかったが、彼の恋人がそのことを知ってしまった。

 彼の恋人は、性別を問わず多くの人間の信頼を得ていたために、自身の恋人を奪おうとした彼女のことを避けるようにと他者に通達した結果、彼女は孤独と化したのである。

 元来、私には親しい人間が存在していなかったのだが、彼女は私のことを同類だと勝手に考えたのか、声をかけてくるようになった。

 やがて、恋人ではないにも関わらず、ほとんどの時間を彼女と共に過ごすようになったのである。

 彼女のことを鬱陶しいと感じたことは何度もあるが、それと同時に、彼女が哀れにも感じられた。

 自分の生活は多くの人間の働きによって成立しているが、必ず誰かと共に生きなければならないのかと問われれば、そうではない。

 それでも、彼女のような人間は、自分以外の人間を欲している。

 私にはその感覚を彼女と同じくらいに理解することはできないが、大多数の人間たちのように生きることができないということについて苦労が多いだろうということは、私でも分かることだ。

 彼女のような人間たちに対して、私は手を差し伸べたいと思った。

 恩を売ろうと考えたゆえではなく、彼女のような人間の支えとして選ばれてしまった人間もまた、不幸だからである。

 それは、私が証明している。

 自分が突き放すことで、彼女が人生に絶望し、自らの意志でこの世を去ることになってしまうのではないかと考えると、ぞんざいに扱うこともできない。

 だからといって、彼女に時間を費やしてしまうと、自分の人生を好きに生きることができなくなってしまう。

 一体、どのようにすれば、私も彼女も満足することができるだろうか。

 しばらく悩んだところで、私はあることを考えた。

 彼女たちのような人間たちが支え合えば、問題は解決するのではないか。

 寂しさを感じている人間同士で触れ合えば、互いに満足することができるに違いない。

 私は、一人で頷いた。

 そして、私や私のように他者の支えとされてしまっている人間たちのために、私は行動を開始することにした。


***


 彼女から求めている人間の条件を聞いたところ、大層なものではなかった。

 単純に、自分と共に過ごしてくれれば、それで良いということだった。

 ゆえに、彼女のような人間たちが共に生活すれば、それだけで解決するだろう。

 個人の時間は大事にしながらも、自分が孤独を感じたときには、即座にその問題を解決することができるような場所を作れば、それで良い。

 ただ、そうなると、一軒家などが必要だということになる。

 それを手に入れた後は、彼女たちからの家賃で生活することもできるだろうが、手に入れるまでが大変であることは、目に見えている。

 しかし、彼女たちのような人間を一つの場所に集めてしまえば、私のように支えとされてしまった人間たちを救うことができるのだ。

 私から行動しなければならないわけではないが、私の行動によって救われる人間が数多く存在することを思えば、私は称えられることだろう。

 わざわざこのように行動しているのは、誰かから褒められたかっただけだったことが理由である。

 役立たずと罵られてきた私にとって、他者からの褒め言葉というものは、何よりも欲していたのだ。

 ある意味で、私は彼女と同類なのかもしれない。


***


 彼女の相手をしながら金銭を稼いでいった結果、時間はかかったが、一軒家を手に入れることができた。

 そして、その一軒家のことを大々的に宣伝した。

 入居希望者とは必ず面接し、彼女と似ていると感じた人間だけを許可していく。

 しばらくは私も共に生活したが、やがて私が顔を出さずとも、入居者同士で会話をするようになっていったために、徐々にこの一軒家で生活する時間を減らしていった。

 彼女や入居者からの連絡が無くなったことから、どうやら上手くいっているのだろう。

 それから私は、くだんの一軒家と私の行動について、他の人間たちに話すようにした。

 ほとんどの人間が、私の行為は立派だと告げてきたために、私は自宅に戻っては喜びの声を発しながら酒を飲んだ。

 役立たずと罵られていたことなど無かったかのように、私は良い気分で毎日を過ごすようになった。


***


 くだんの一軒家を真似し、厄介者を一つの場所に集めるような風潮と化した。

 くだんの一軒家のような場所が増えるにつれて、隔離は問題ではないかと騒ぎ始める人間も出てくるようになったが、私が反論せずとも、別の人間がそのように行動してくれる。

 自分の人生が上手くいったために、後は誰が何を騒ごうとも関係は無いとばかりに、私は山奥に引っ込むと、悠々自適の生活を送るようになった。

 彼女が現在何をしているのかなど、興味は無かった。

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愚公移山 三鹿ショート @mijikashort

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