第六部 憂目の夏に 8

「肩代わりって……奈々さんが払わないといけないんですか?」


「実際の法律に基づいて相続放棄するとか、この世界には関係ねえ。

完済する以外の選択肢はねえんだ。

バックに組がいる金融屋に手を付けていたし、組の金にも手を出したんだ。

俺みたいに個人でやっているところと比べて、奴らの追い込み方は半端じゃねえから、あいつが肩代わりしなければ親族にも手が及ぶだろうな」


 堂島さんは、煙草の煙を遠くに吐き出した。

多くの質問が頭を走り回る中で、僕は額に溜まっている汗を手で拭いながら続けた。


「……奈々さんは、どうなるんですか?」


「まあ、そうだな……あいつは、見てくれも良いし、若いから、風俗にいかされて借金の返済って形だろうな。

安心しろ……臓器を売っぱらうなんてことにはならねえだろ」


 今の言葉を聞いて、安心など到底できるわけがない。

なぜ、奈々さんがそのような重荷を背負わなくてはならないのか。

彼女は、父親の借金に対して、昼夜問わず懸命に働いて返済に努めていたはずだ。

将来は、妹との暮らしを夢見ていた。

夏の様相とは裏腹に、僕の身体は冷えるような震えを伴っている。


「大体、俺は債務者の頼み事なんて、普段は絶対に聞かねえ。

でもな、あいつは……そこの組から金をさらに借りて、俺んところの元金と利息分を完済しやがった。

他のところにも、同じことをしたんだろうな。

だから、あいつの義理にかけて、お前のことを引き受けてやったんだ。

わかったろ? 組が絡んでいるんだ。

お前には、どうすることもできねえよ」


 奈々さんは、その歯車に僕を巻き込まないように真実を黙っていた。

彼女の華奢な身体に、残酷なほどの嵐が吹き荒れて、自身の望まない道で慟哭、快楽、悪意に全身を侵されようとも。

僕を同じ道に連れていかないように。

ただ……一人で。


「――その組って、どこに……あるんですか?」


「お前……今の話聞いていたか?

ガキに、どうにかできる問題じゃねえ。

行ったところで、あそこは大所帯だ。

お前一人で何ができる?

それに――もう奈々は、そこにはいねえだろう。

都市部や他県に行かされた可能性だってある」


「……少しでも情報があるなら、教えてくださいよ!」


「ガキが……!

お前、あいつから電話きたんだろ?

何のために、お前に別れの電話をしてきたんだ?

あいつの気持ちを……少しは汲んでやれ!」


 お互いの意見の衝突は、夏日に幾らかの熱を増して、爽やかな風は二人の怒気を冷ますことなく過ぎ去っていく。

憤怒の感情をどこに置いてよいのかわからない。

僕は立ち上がって、長幼の序を無視するかのように堂島さんに声を荒らげた。


「そんなこと……わかっているんだよ!

わかっていても……奈々さんを助けたいから……

一人にしたくないから聞いてんだよ!」


 僕の物言いに、堂島さんは薄ら笑いを浮かべて、ゆっくりと立ち上がると、僕の胸ぐらを掴んで迫力のある顔を近付けた。


「――どうしても引かねえってんなら……俺とゲームするか?」


 突然に投げかけられたゲームという言葉に困惑して、ゲームという単語を疑問形で返すと、堂島さんは、胸ぐらを離すわけではなく力を緩めながら内容を続けた。


「そうだ。今から、俺とサシの殴り合いをする。

もし、お前が勝てたら組の名前と場所を教えてやる。

だが、俺はそれくらいのことしかわからない。

あいつの今の居場所は知らねえ。

お前が負けたら、この件から手を引け。

俺一人に苦戦するようなら、大人数の相手に勝ち目がねえのは目にみえてるだろ」


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