第六部 憂目の夏に 6

「ガキ相手に何やってんだ……」


 堂島さんは、女性の発言に対して呆れたように言った。

彼は、女性の肩を掴んで下がらせると、僕の視界の中心を取った。

「ん……? お前、この間の……」

と、黒いサングラスを鼻根から鼻背へ滑らして、大きな目から放たれる眼光の鋭さを見せつけてきた。


「えー、二人は知り合い?」


 三秒程の沈黙があってから、首の緊張を弛めるように斜めに回した堂島さんは、女性に冷たい眼差しを向けて、

「おい、今日はいい。来週までに、今週と来週の利息分を合わせて払え。

もちろん、今週足りなかった利息分にも利子がかかるから、忘れるなよ」


「もう、本当にうざい……! 利息、利息って!

いつまでたっても、元金が減らないじゃん!」


「それは、お前がジャンプ(返済日に利息分のみを支払い、元金の返済を先延ばしにすること)しているからだ。

何でもかんでも他人のせいにするな。

金を借りることもジャンプすることも、お前が決断したことだ。

もういいから、行け。

俺は……こいつと話があるからな」


 女性は「……死ね!」と、口に咥えた煙草と捨て台詞を吐いて、丸っとした果物のような臀部を微動させながら、アパートの一室へと帰っていった。

僕は、その姿を見送った後で、周囲の景色が映り込む堂島さんのサングラスを見つめた。

先程の彼の文言から察すると、夏祭りの日に、遠目で見ただけの僕を認知しているし、奈々さんの事情を何かしら知っているようだ。


「おい、ちょっとこい。ここだと暑いからな。

あの公園――屋根のあるベンチまで行くぞ」


 奈々さんと行った公園である。

平日の昼近くであるから、駐車場には十台以上の自動車が止まっていて、車内で休憩している者や海へと足を向けている者もいる。

直射日光が全身に当たる公園の広場には、自動車の台数に対して人間の数は比例していない。

小学校低学年の子供達が数人走り回っているのを横目に、僕達は公園内の一番奥にある屋根付きのベンチに腰を下ろした。


 堂島さんは、胸ポケットから煙草を取り出して、彫刻の施されたオイルライターで火をつけると深々と煙を肺に入れている。

ソフトパックのセブンスターを僕に向けてきて、拒否する理由もなく一本貰うと火をつけてくれた。

彼は、やはり一般人とは違う雰囲気を纏っていて、会話をするにも何から話したら良いものかと思案していると、サングラスを外して広場に視線を向けた状態で、煙草の煙に目を細めながら話し始めた。


「お前……奈々に会いにきたのか?」


「……そうです。何か知っているんですか?

前に奈々さんから、あなたのこと聞いています。

堂島さん……ですよね? 借金取りの」


 堂島さんは、質問を否定するかのように笑いながら、

「借金取りじゃねえよ。金融屋だ……」と答えた。

反社会的な風貌とは、どこか離れているような笑顔であって、少年のような感じもする。

年の頃は、四十代前後だろうか。

大きな目と彫りの深い顔立ちに、ヤクザ映画に出演するような俳優を彷彿とさせる。


「あのな……奈々のこと――探したりするな」


「……奈々さんも同じようなことを言っていました。

もう会えないって……何か知っているなら、教えてください」


 奈々さんと堂島さんは、類似した言葉を言う。

会えない理由が知りたい。

彼女のことは僕に関係ない。

と、言われているようで、蚊帳の外にいることが嫌である。

堂島さんは、煙草を一つ吸いこんで、目をつぶって下を向いていた。


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