第六部 憂目の夏に 2

 二人が顔を見合わせる中で、僕が会話に入れずに言い淀んでいると、女将さんは会話を続けた。


「奈々ちゃんに、会いに来たんだろ?

最近……うーん、一週間以上になるかねえ、仕事に来てないんだよ。

何か知っているかい?」


「いえ、自分も知らない……です」


 女将さんの発言から、奈々さんの所在が不明という事実を突き付けられて、僕の脳裏には不安がよぎる。

一週間以上ということは、先週、僕が来た時より前から出勤していないということだ。


「連絡もなくて……心配でねえ。

真面目で優しい子だから、連絡してこないのも考えられないんだけどねえ……」


「そうだな……そんな子じゃないからな。

――しっかりと働いてくれるし、愛想が良いから、お客さんからの評判もいいのになあ」


 店主も女将さんも奈々さんのことで眉尻を下げていた。

どんな言葉を並べればよいのかを思案しながら、立ちつくしている僕を店主が見て、

「ああ、何かしら分かったら教えるよ」と、力なく笑っていた。

女将さんは、フードパックに色々な種類の惣菜を詰めて渡してくれた。

お金を払おうとすると「奈々ちゃんの彼氏だから、サービス、サービス」と言って、料金を受け取らなかった。


 そうして、二人は業務へと戻る。

とは言っても、営業時間は終了していて、片付けを残すのみであると見受けられた。

奈々さんが抜けている状態は、店を営業していく二人にとって痛手であるようで、老齢の二人の背中やら動作には疲労が表れている。

二人に惣菜の礼を告げて、店を後にすると、揺れていた心が何かに掴まれている感覚で、痛みを伴って鼓動が速くなるようだった。


 近くにある簡易な公園に身を寄せると、虫の鳴き声以外には何も聞こえない。

ベンチに座って先程の惣菜を開いてみれば、二つのパックに揚げ物やら煮物やらが敷き詰められていた。

揚げ物が入ったパックには、唐揚げ、イカフライ、コロッケが入っている。

コロッケを一つ取り出して口に運ぶと、揚げたてではないが、食感の良さが口内を刺激した。

中身は、奈々さんが作ってくれる変わり種とは違っていて、通常のコロッケだった。

 

 美味しい。

しかし、奈々さんが作ってくれたコロッケの方が何倍も美味しかった。

彼女は、一体どうしたのだろうと齧ったコロッケを見ながら思考した。

そんなところを見たとしても、答えなど見つかるはずもないし、端緒すらもないだろう。

僕の心に茫漠とした不安が降り注いでいることを闇夜の虫は知らないままに、多勢で演奏を続けている。


 明日、奈々さんの家に行ってみよう。

勤務先にも連絡が無いというのは、あまりに不自然であるから、僕が彼女のことで知りうる情報で動いてみるしかない。

前回会った時には、いつも通りの彼女であったから、その後で何らかのことに巻き込まれたことは明白だろう。

彼女の身に何事もないようにと思わずにはいられないし、普段から神頼みなどしない僕であるけれど、何かに祈らずにはいられない。

そう思いながら、残りの冷めたコロッケを口に運んでいく。

風が吹いている中で、夜空の星は煌めきながら、今日を振り返って明日を眺めていた。


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