第五部 慕情の夏に 9

 木々の間から月明かりが忍ぶように覗いていた。

僕達は、神社の古びた石段に座っている。

夏祭りの催しにある一つの花火が、遠くから低音を響かせた。

夜空に花を咲かせて、夏祭りの終焉へと歩みを進めている。


「わあ、綺麗……」


 この神社は、夏祭りの場所から離れていて、地元民も来ないものだから、一昨年、昨年と花火を一人で見る時に、僕のお気に入りの場所だった。

もっとも、普段から人はあまり来ていないようで、一人になりたい時に足を運んで、居座ったお礼として賽銭箱に感謝を入れていた。

欠点は、山の上にあるから、石段の勾配が急で長いこと。

利点は、町を見渡せる絶景が見れること。

いや、奈々さんと二人きりで花火を見れること。


 奈々さんは、萌音と別れた後に購入した、桃色のを小さな口に運びながら、花火を見物している。

次々と打ち上がる花火に呼応するように、僕の気持ちは鼓動の高鳴りと安らぎが交互に巡っていた。

視線を花火に戻すと、華麗な花弁が夜空に色を着けて、のんびりと落ちて消えていく。

それを目の当たりにした後、この夏に奈々さんと過ごした日々を回想して、花火の儚さとは真逆の思いが芽生えた。


 この時間が、ずっと続けばいいのに。


「ねえ、一弥君。さっきの話なんだけど……麻衣ちゃんのこと。

全校集会で助けてあげた話を聞いて、私の直感は間違っていなかったね。

君は、やっぱり優しい人だよ」


 花火を眺めている奈々さんに、唐突に言われたものだから「え?」と、声を出してから彼女の横顔を見つめた。


「多くの人は、そういう場面に出くわしても、見て見ぬ振りをする人が多いと思うの。

人は、それぞれに事情があるし、状況が違うこともあるから、それが悪いことだとは思わないけど。

それに、助けたくても、助けられる力がない人だっているしね。

――でも、一弥君は助けてあげられる人なんだよ」


「そんなこと……ないですよ。

川田がムカついたし、麻衣が嫌がっているのを見ていられなかっただけで」


 奈々さんは微笑んで、暗闇が広がる石段の下に目を向けた。かき氷をストローで小さく揺らして、溶けた氷同士が接触音を奏でている。


「私も……そうありたいんだ。

困っている人がいたら、一弥君みたいに助けてあげたい。特に……子供達を」


「――子供達?」

と、僕は奈々さんが助けたい対象を限定したことが、少しばかり気になって聞き返した。


「うん。私の……身の上話になっちゃうんだけど」


「はい。――奈々さんのこと……知りたいです」


「私の家族って、お母さん、お父さん、妹で暮らしていたの。

妹が生まれて二年後……私が十二歳の時、お母さんが亡くなってね。

お父さんは、お酒やギャンブルばかりしている人で、お母さんが一生懸命に働いて家計を支えていたから……

それで、元々、身体の強くないお母さんは、病気になってしまったのかも。

お母さんが亡くなってから、お父さんはお酒を飲む量が増えていって、私は妹と二人きりで何とか生きていこうと思ったけど……

これ以上、妹に辛い思いをさせたくなくて、母方の親戚に妹を預かってもらったの」


 僕は、奈々さんの悲しげな表情から出てくる一言一言を、頷きながら黙って聞くことしかできなかった。


「伯母さんは、私も一緒に暮らそうって言ってくれたけど……

私は、お父さんを一人にできなくて断ったの。

お母さんが亡くなってからのお父さんは、お酒やギャンブルに、さらに依存して、色々なところから借金を繰り返したりして、返済が滞れば、いつも逃げるように引っ越しをしてきてね」


 奈々さんが、この町に引っ越してきたことは、父親の軽率な行動によるものらしい。

都道府県をいくつか跨いできたことも、借金取りに追われていたことで納得する。

もっとも、消費者金融や闇金業者から逃げおおせることは、独自の情報経路や探偵などもあるのだから不可能に近いだろう。


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