第五部 慕情の夏に 5
小さい身体で、体格の良い男性達を掻き分けて現れたのは、麻衣と萌音だった。
麻衣は、黒色のブラウスに青いデニム生地のショートパンツ。
萌音は、水色に白い花が幾重にも描かれた浴衣。
という出で立ちで、二人とも化粧をしているようであるから、中学校で見る姿より大人びて見える。
麻衣は、普段から化粧をしているので、あまり変わってはいないが、髪色を普段より明るくしたようだ。
「こんばんは、風間君」と、萌音は可愛らしい笑顔で、のんびりと挨拶をしてくれた。
麻衣は、両の腕を組んで僕を睨んでいる。
この二人は、僕を祭り誘ってきたわけで、この地に存在するのが当然だが、遭遇するというのは予期していなかった。
もちろん、今までの道程で多くの同級生がいたわけであるから、特に珍しいことでもないだろう。
しかし、祭りに誘われて断った手前、些か居心地が悪い。
萌音には、誰かを誘って祭りに行くという話はしたが、それを知らないであろう麻衣の眼光は鋭かった。
「今年もすごい人だよね。私、小さいから、人に押されて大変だよ」
「ああ、そうだな。
萌音は小さいんだから、人に押されて――転ばないように気をつけてな」
「私達の誘いを断った風間が、心配するようにみせているところに気をつけなよ、萌音。
普通に男として、軽くない?」
誘いを断ったことを根に持っている麻衣の言葉に攻撃的な意を感じながらも、平静を装わなければいけない。
萌音は、僕と麻衣が争うことが嫌であるから、なるべく穏便に時が過ぎていくことを祈る。
僕の気持ちなど配慮しない麻衣は、眉間に皺を覚えさせて話を続けた。
「さっき、ライアンが喧嘩しに行くとか騒いでいたけど、あんたは行かないの?」
麻衣の言うライアンとは、清照先輩のことだ。
彼女は、清照先輩の虚言などを彼が在学中から嘲笑していたから、彼に対する嘘つきという揶揄で、ライアーを転じてライアンと呼んでいた。
清照先輩の容姿からモンキーとも呼んでいたが、本人は知る由もない。
彼は、不良という名を身に纏えば、女性に好かれると思っているが、女子生徒達からは陰で小馬鹿にされていた。
どうやら今回も、仲間を集める以外に、喧嘩に行くことを女子生徒達に吹聴していたようだ。
大汗を垂らして急いでいたはずなのに、そのような主張はしっかりとしている。
「ああ……俺は、行かないよ」
「ふーん、格好つけるのやめたの?
気付いていなかったら、可哀想だから言っておくけど、喧嘩とか別に格好よくないからね。
お互いが傷付いて……痛いだけじゃん」
「はい、はい」と答えたが、攻撃されたくない部分を的確に突く麻衣には、知られるわけにはいかない。
自分もそう思っていることを。
萌音は、二人の会話を聞きながら、桃色のかき氷を静かに口に運んでいる。
彼女の口に入るストローとは対極、大きな衝突にならないか懸念を感じている表情だ。
「――そもそも風間は、一人で来たの?」と、麻衣に問われたが、その言葉を否定する前に、彼女が次の言葉を紡いだから、僕の声は喉の奥に取り残された。
「一人なら――私達と一緒に……祭りを回る?
別に……嫌ならいいけど」
そうか。麻衣と萌音には、現在、一人でいる僕が不思議に見えるのだろう。
先程の否定に用意した言葉を喉の奥から取り出そうとしたが、新たに背後から発せられた声に、またしても僕の声は喉の奥に貼り付いてしまった。
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