第五部 慕情の夏に 4
青色と黄色の小さな花が描かれた、風鈴を模したネックレスだった。
揺らぐ度に表情を変えるネックレスは、反射を利用して鮮やかに煌めいていた。
「この中だと、それがいいんですか?」
「え? 可愛いくない――かな?」
僕は、奈々さんの手から塩をひとつまみするようにネックレスを奪い取って、
強面の店主に、「これ、ください」と、財布を出しながら伝えた。
「ちょっと、いいよ。高いし……
気持ちだけで嬉しいから、大丈夫だよ」
「きっと、奈々さんに似合うからプレゼントしますよ」
好意があることも、お世話になってきたことも合わせて、奈々さんに贈り物をしたい。
美しい彼女には、きっと似合うと思う。
店主は、包装の有無を聞いてきたが、僕はネックレスを現状のまま受け取った。
「はい、どうぞ」
「うん……ありがとう、一弥君。
今まで……誰かにプレゼントされたことないから、
すごく嬉しい。本当にありがとう」
素敵な笑顔を向けてくれた。
その様子を見ているだけで、僕の心は、幸せという太陽に照らされるようである。
「私も、一弥君に何かプレゼントしたいな」
と、言ってくれたが、僕は奈々さんの申し出を断った。
僕は、既に彼女から多くのものを貰っている。
それは、彼女にしか貰えないものだし、この先も返せないかもしれない。
この先、大人になって、自分でお金を稼げるようになれば、もう少し高価な品を贈りたい。
相手を思う気持ちから、贈り物が生まれるのは多分にあるわけで、高価な品が良いというわけではないけれど、彼女は、その時にも喜んでくれるだろうか。
店を後にして歩いていると、奈々さんは、首に着けたネックレスを細い指先で転がしている。
特に目指す場所があるわけではないが、ゆっくりと二人で進んで行く。
同時に中学校の一般生徒が幾らか往来していくが、話しかけてくる者はいない。
そんな中で、「あら、奈々ちゃん!」と、老齢の女性による彼女を呼ぶ声が、祭りの中で一際大きく僕達の鼓膜を刺激した。
「あ、おばちゃん――こんばんは」
「この町の夏祭り、初めてでしょう?
ちょっと、こっちおいで!」
奈々さんは、老齢の女性から視線を僕に移すと、
「五十嵐弁当の女将さんだよ」と、教えてくれた。
何やら周囲に大勢の大人がいて、彼女との関係をあれこれ詮索されるのは嫌である。
あの類の人達というのは、相手の気持ちを推し量らずに会話をする人物が多いように感じる。
相手が困ったり、嫌がるのを見ても、まったく悪びれる様子がない。
今までの人に対する付き合い方を見ていると、奈々さんは社交的であるから、心無い言葉を発せられても、うまく
もっとも、そのようなことを彼女は意に介さずに、笑顔で冗談を言ったりして会話を進めるはずだ。
僕は、それらの一団に軽く会釈した後で、その場から少しだけ距離をとった。
周囲の屋台などを見渡していると、今度は僕に対して、自身の名を呼ぶ声がした。
「風間君!」
声の方向を探すと、どうやら向かいにある白、青、赤の色で飾られたかき氷の屋台から発せられたようだ。
僕の目の前には、主に男性で構成された集団が、軍隊の隊列のように歩いていた。
集団を分断するように、頭一つ小さな者達が、茶色と黒色の頭部を出しながら近付いてくる。
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