第四部 喜色の夏に 8

「本当に、小さい頃に来ただけだから、何だか初めての――

お祭りって感じで楽しい。うん、焼きそばも美味しい」


 奈々さんが、焼きそばを頬張っている姿は、とても可愛らしいなと思いながらフランクフルトを一齧りした。

祭りの屋台で売られている物というのは、祭りという雰囲気の効果によって、美味しいのだと僕は考えている。

例えば、チョコバナナのバナナやリンゴ飴の林檎なんて、半ば腐りかけを使用しているのを見たことがある。

こういう物は雑に作られている方が、さらに雰囲気という旨味が増すわけだ。

たった今、彼女が手にしたもまた然り。


 奈々さんは、大ぶりなを一つ爪楊枝で突き刺すと、僕の口元に向けてきた。


「はい、どうぞ」


「いや、いいっす、いいっす、いいです」

 

 こんな所を同級生に見られたら、今まで築き上げてきた印象が失墜しかねない。

それでも奈々さんは引かずに、口元にを押し付けようとしてくる。

結局、押しに負けてしまった。

たこ焼きは僕の口内に迎え入れられて、彼女は満足そうな顔をしている。

外側がカリッと香ばしく、内側はトロリとしていて、祭りの雰囲気と彼女に食べさせてもらった相乗効果で、格段に美味しく感じた。


 二人で、しばらく食べながら談笑していた。

脇道に外れてきたから、人通りは殆どないのだが、何やら薄暗い所から長身で体格の良い男性が近付いてくる。

街路灯や屋台の照明など届かないから、はっきりとは見えないが、首から何かを下げているようだ。

男性は、どんどん距離を詰めてくると、僕達の目の前で立ち止まった。


 男性は、二メートル近い身長に加えて、肉を多く備えている。

非常に圧迫感がある上に、男性のスキンヘッドが威圧感も併せ持つ。

どうやら外国人のようで、首からはカメラを下げている。


「コンばんは、ドモ」


 日本語が話せるようだ。

相手の体格を見て、何かあったらと考えて身構える。

素手における喧嘩や戦いというのは、体格が大いに関係する。

主に実戦経験、格闘技経験、運動神経、体格、度胸、思考などが必要となる。

奈々さんが隣りにいるわけだから、絶対に守らなければいけない。

僕は少しばかりの威勢をみせて、返事をした。


「あ? ああ、こんばんは」


「ワタシ、アメリカからニホン、きテ。

シャしんとテル。キさまら、シャしんとテアゲル」


「写真?」


 僕の取り越し苦労だったようだ。

奈々さんは、笑顔で「え、嬉しい。撮ってください、一弥君と一緒に」と、立ち上がってしまった。

やれやれと、僕も付き合うことにする。


「こレ、ポラロイドカメラ、すくデキル。

ハイ、クッツいて、キさまら」


 ポラロイドカメラは、その場で現像できるカメラだ。

デジタルカメラなどが普及した現代に、どうにも古風な一品で撮影してくれるようだ。

奈々さんは、目の辺りにでピースを掲げて、隣りにいる僕の腕を組んできてた。

お互いに顔を寄せ合う。

気付けば僕も、奈々さんにつられて笑っていた。

ファインダー越しから覗く外国人の彼に、僕達はどう映っているのだろう。

ゴツゴツして逞しい指に、シャッターボタンが押されると、軽快な音がしてからフィルムが一枚現像されて出てくる。

また、一枚出てくる。

その内の一枚を、奈々さんに渡している。


「わあ、ありがとうございます。大切な思い出になります」と、彼女は深く頭を下げながら、お礼を伝えると、外国人の彼も日本の文化に倣って頭を下げていた。

彼が帰国して、この時の写真をいつか眺めることがあるとするならば、思い出してくれるだろうか。


 遠い島国で夏の短夜にいた、二人の男女を。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る