第四部 喜色の夏に 7
寄り道をしたり、途中で休憩をしたりしていたものだから、町に到着する頃には辺りも少しばかり薄暗くなり始めて、十八時を迎えていた。
奈々さんに、二人乗りの負担が極力かからないように、ゆっくりと自転車を漕いできたけれど、その間にできた何気ないのに大切な会話が愛おしかった。
町の中心部は非常に混雑しているから、自転車は五十嵐弁当の駐車場に停めさせてもらう。
遠くから
周辺を神聖な空気に変えて、綺麗な彩りを与えているようだ。
僕の日常生活において、生の和楽器の音色というのは親しみがないし、聴く機会もない。
祭りで聴ける生音が好きだった。
「わあ、人がいっぱいだね。迷子になりそう」と、奈々さんは、剣山のようにいる人達と左右に並んだ鮮やかな出店を前にして言った。
確かに年々、来場者が増加しているし、それに伴って出店の数も増えている。
僕は、人混みに圧迫感を感じて鬱陶しいと思う
人が混み合った箇所と人の疎らな箇所が、
はっきりと線引されて左右に屋台が連なり始める。
そのような場所に僕達は立った。
辺りを何となく見渡していると、奈々さんは「はい」と、声を出してから僕の手を握ってきて、ニコニコしている。
「一弥君が迷子にならないように、手を繋いであげる」
「迷子って……さっき、奈々さんが言っていたことじゃないですか。
逆に、俺が――いや、何でもないです」
以前、夜の公園で握ってくれた手と同様で、奈々さんの手は華奢で柔らかい。
気恥ずかしさは存在しているけれど、それでも嬉しいという感情が心を軽やかに染めていく。
人混みを歩き出してから、注意深く周囲の人間を観察した。
同級生、地元の見知った顔、家族連れ、近隣の学生、観光客、素行のよろしくない輩、警察官、見回りの教職員など様々な人達の顔があり、お面が並べられた屋台のようにも見える。
人の海の流れに巻き込まれながら、ゆっくりな動きに順応していく二人。
「とりあえず……何か食べますか?」
「うん、そうだね。
でも、色々な屋台があるから迷っちゃうね」
「そしたら、適当に色んなの買って、どこかで座って食べますか」
「それがいいね。あっ、焼きそば食べたい」と、奈々さんは焼きそばの屋台を指差した。
屋台は、焼きそばソースの焦げそうといわんばかりの香ばしさが漂っていて、周辺の屋台の様々な香りと相まって食欲をそそる。
屋台の店主が、焼きそばに最終段階のソースを投入して、
上下運動させながら手際良く調理している。
「あ、奈々さん。今日は俺が――ご馳走しますよ」
「え? そんな――悪いよ。
お姉さんが、ご馳走するよ?」
「いえ、いつも美味しいコロッケ食べさせてもらっているから、
それの……お礼と思ってもらえれば」
奈々さんは「うーん」と、少しばかり困ったような表情を見せた後で、一回優しく頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて――ご馳走になります」
近くの屋台で、焼きそば、たこ焼き、いか焼き、フランクフルト、という夏祭り定番の物を揃えた。
ひっそりとした脇道へ移動して、店先の段差に二人で腰を下ろした。
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