第四部 喜色の夏に 3

 萌音が言い終わる前に、麻衣は僕に対する苛立ちを隠せない様子で、夏の炎天下を一人で歩き出した。

その背中を見ていると、何やら轢き逃げにあった気分である。


 萌音は、丸っとしている目を幾らか細めて首を傾げた。

彼女は、僕を見ると両の手を合わせて、軽く頭を下げてから「ごめんね」と、申し訳無さそうに言った。

そのような拝礼する形に似た謝罪を受けたことがない。

彼女の家が、寺であることに起因するのだろうか。


「別に――萌音が、謝る理由はないよ。

あいつ、いつもあんな感じだからなあ……敵意むき出しって感じで。

俺も、強めに言っちゃったから萌音が気分悪くなっていたら、悪いな――ごめん」


 素直に謝れたと思う。

不良で硬派な姿勢が格好良いと思っていたから、女子生徒との会話は極力避けていたし、冷たくあしらうことも多かった。

萌音に対しては、世話焼きな一面や人柄が好きであったから素直に謝罪できたし、何より、奈々さんに出会えたことで自分の中で何かが変わったのだ。


「ううん……大丈夫。

麻衣ちゃんは友達だから、私が代わりに謝るよ。

ごめんね。

でも、お祭りの誘いを言い出したのは――」


 萌音の発言は、思ってもみなかった。


「――麻衣ちゃんだよ。

風間君が、普段つまらなそうにしていたり、

元気なさそうに見える時があるから、

お祭りに誘ってあげようって。

自分が言ったら、断られたり、喧嘩になりそうだから、

私に言って欲しいって――」


「あいつが? いや、いや、何か怖いんだけど。

そんな態度じゃなかったじゃん。

それに、別に元気がないわけでもないし……」


「うん……

これを言ったら、麻衣ちゃんに怒られるかもしれないけど、

風間君と自分は似ているって、前に言っていたの。

不器用で人に自分の思いを伝えるのが苦手で、

いつも苦しそうにしているって――」


 そんなことを、麻衣は言っているのか。

確かに、全校集会の後で行われる指導には、いつも僕もいたし、彼女もいた。

何を言われても、彼女は黙秘していた。

僕の場合は、信じてもらえないことが根幹に存在しているから、

基本的に黙秘か肯定の二択だ。

肯定には、義のない肯定も含まれる。

教職員に怒鳴られて罵られても、黙秘を貫く彼女を強いなと眺めていたものだった。


 僕は、自身の頭を掻きながら、

「勝手だな、あいつも。

俺を、理解している風な発言とか面倒くせえなって思う――」と、呟くように言った。


「そんな……麻衣ちゃんは、良い子なんだよ?

皆には、素直になれないだけで――

本人は、苦しんでいるんだよ?」


 麻衣が言っている通り、僕と麻衣は似ているのかもしれない。

自身の理解者がいる点だ。

僕には、奈々さん。

麻衣には、萌音。


「他人に理解されなくても、素直になれなくても、

あいつには、萌音がいるから大丈夫でしょ」


 萌音は、僕の発言に意表を突かれたのか、

元々丸い目が、さらに丸くなるような表情をした。


「うん……麻衣ちゃんとは、親友だよ」


「そうでしょ。

それと、悪いけど、祭りには一緒に行けない。

一緒に、行きたい人がいるから。

――誘ってくれて、ありがとうな」


 蝉が木霊している。

僕は、萌音に別れを告げて、麻衣と同じように夏の炎天下を進み始めた。

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