第四部 喜色の夏に

第四部 喜色の夏に 1

 奈々さんと海に行ってから、ちょうど一週間が過ぎた。

金曜日は、毎週の約束の日である。

待ち遠しかったはずであるのに、何やら落ち着かない。


 今日は、夏休み前の終業式だった。

帰りの支度をしていると、一人の男子生徒が教室に入ってきて、声をかけてきた。


「おー、一弥。

今日、帰り大丈夫か?」


 長身で整った顔立ちをしている男は、黒髪の長髪を掻き上げた。

細川ほそかわ みなと】である。

彼とは、中学校に入学してからの付き合いで、友人であり、悪友だった。

素行不良ではあるが、粗暴というより聡明という言葉が似合う男である。

品のある顔と冷静沈着であるから、女子生徒からの人気が高い一方で、一般男子生徒からは、それらが理由で妬まれている。

喧嘩も非常に強く、普段の性格には似つかわしくない程に熱くなる一面がある。


「え? ああ、悪い。今日は、無理だ。

何かあった?」


「そっか――

先輩達が集まれって――さっき連絡がきたんだよ。

『最近、お前らが調子こくから、俺らまで警察に目を付けられる』ってよ。

清照先輩とかが主導しているらしいけど……

卒業したんだから、いちいち先輩風吹かせんじゃねーよな」


「そうだな。というか、あの人達も暴走族とかやってるくせに、警察にビビるなよ……

ダルいけど、焼き入れられたりするかも」


「あるかもな。まあ、一弥のことは、聞かれたらうまく言っとくよ。

――そういえば、最近何かあったか?」


「何かって?」


「いや、最近、一弥の雰囲気というか――

尖っていたものが、何か柔らかくなった感じがするんだよ」


 ある種、彼には、以前の僕が抜き身の刀にでも見えていたのかもしれない。

雰囲気が変わったと感じているなら、それは、

奈々さんと出会ったことに由来しているのだろう。


「ああ、まあ……そうなのかな……」


 湊は、僕の机に両手を突き立てて、落ち着いた様子で笑顔を向けてきた。


「何だよ、女か?

一弥を柔らかくするなんて、すごいな。

今度、紹介してくれよ」


「ああ、付き合っているわけじゃないけど。

相手が嫌がらなかったら、今度な」


 彼は、このような話をしたとしても、他人に軽々しく広めてしまうような男ではないから、素直に奈々さんの存在を伝えることができた。

他にも二、三会話した後、彼は背を向けて、手を振りながら教室を出て行った。


 約束の時間は、まだまだ先である。

前回は、部活が終わった後で向かっていたから丁度よかったが、今日は一旦、家に帰ってから向かうことにする。

校舎から出ると、夏の暑さが身体に巻き付いてきた。

駐輪場から自転車を取り出したが、生徒も多数いるし、校門に数人の教職員が立っていることから、自転車と共に歩いていた。


 校門を出て、自転車に跨がる。

チリチリに熱せられた路面、走行時に生まれる摩擦熱。

劣化した自転車のタイヤは耐えられるのだろうか。

と考えて、走り出そうとすると、背後から、

「風間君――!」と、声を掛けられた。


 不意に呼ばれたものだから、ブレーキレバーを強く握ると、身体が前方に幾らか流れてから、自転車は進行方向への挙動を止めた。

首を背後の方向に回すと、二名の女子生徒が立っていた。


麻野あさの 麻衣まい】と【石川いしかわ 萌音もね】だった。

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