第三部 心情の夏に 5

「私達って、出会って間もないけど一弥君の気持ちが、何となく……わかるんだ。

君は、大人達が信じられないから、反発して悪ぶった行動をするのかもしれないけど……

私が話をしている君は、素直で誠実な人だよ。

今まで、誤解されることもあって大変だったよね?」


『誤解される』というのは、間違っていない。

例えば、学校生活において、何らかの問題が起きたとして、クラス内で意見を求められたりした場合、本音を出して議論することがはばかられる状況に黙していることが多かった。

それというのも、誰かのことを庇っていたり、自身の発言を皆に聞かせた場合に、大勢の前で攻撃される人物が表れてしまう懸念があったからだ。


 所謂、不良という立ち位置があるから、参加意思の無い態度と捉えられて、一般生徒の中には煙たがる者もいる。

勝手な解釈をされて、非難を浴びることも多い。

それらの非難に対しても、黙することが強いと思っていた。

あまつさえ、それが格好が良いとも思っていた。

黙することは、他人の勝手な解釈で好き放題に言われる入口に過ぎなかった。

様々な憶測で噂されて、精神を強く保つことは中々に厳しい。


「誤解……されて、釈明を聞き入れてもらえないのもあるし、必死になって、

伝えるのも格好悪い気がするんですよ。

別に……

俺を信じてくれる人なんて……いないですから」


「私は、信じているよ。君のこと」

 

 奈々さんは、真直な目で僕を見つめている。

なぜ、彼女は、一点の曇りもない言葉をくれるのだろう。

僕は、自分自身を貶める言い方をした。

自身を、嘲笑するように言ったのにも関わらず、彼女は失望する表情すら見せなかった。

暗い中でも、彼女の目には優しさが灯っているように見えて、僕の心を照らしてくれている気さえする。

奈々さんは、視線の先を暗い海に変えて話を続けた。


「人って……傷付くと、ものだと思う。

心を守るために。

最初は、鎧も部分的で少ないの。

でも、また攻撃されて、傷付いて――

徐々に鎧を増やしていく。

心を守るのに、必要なものだよ。

でも――

それが常に続くと、いつか鎧の重さに自分の心が潰されて動けなくなっちゃうの」


「心に纏う……鎧」


「うん。昔の人も、合戦――戦いの時にしか、鎧は着けないでしょ?

ずっと、着けていたら疲れちゃうもん。

心の鎧も同じだよ。

だから、たまには、鎧を外して休まないと」


 そうか。僕の場合、威勢があるように見せたり、強く見せようとすることが、心の鎧なのだろう。

その直線上に、安らぎなどありはしない。

あるのは偽りの威光、嘲笑、軽蔑といったところだろう。


「俺にも、心の鎧が……あると思います。

でも、それを外してっていうのが――

方法がわからないです」


 正直な意見として、奈々さんに伝えると、彼女は微笑みながら答えてくれた。


「ううん、君は今――鎧を着けていないと、私は思っているよ。

だから――君は、大丈夫だよ」


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