第二部 邂逅の夏に 5

 部活で疲弊している身体でも、自転車のペダルが随分と軽く感じるのは、今日を待ち望んでいたからだろうか。

自転車を、五十嵐弁当の脇に駐車させて、勘定台の前に立つと、調理場で奈々さんが何やら調理をしている姿が見て取れた。


 この五十嵐弁当は、前回もそうであったが、十九時で閉店のようだ。

店を営んでいる老夫婦の姿も見えないし、声もしない。

僕が店内を眺めていると、奈々さんが視線に気付いて、微笑みながら駆け寄ってきた。


「来てくれて、ありがとう。

来てくれなかったら、どうしよう……って、

一弥君は、そんなことしないか。

すぐにできるから、少し待っていてね」


 奈々さんの大きな目が、笑顔で垂れていることが、何だか嬉しくもあり、照れくさかった。

ベンチに座って周囲を見渡せば、夜の商店街というのは寂しいものである。

五分程待っていると、彼女が店内から現れて、手に持っていた耐油紙袋を僕に渡してくれた。

今回は、どのようなコロッケだろうと思いを巡らせて口に運ぶ。


「かぼちゃ……コロッケ」


「うん。今日は、煮付けのかぼちゃを混ぜ込んで、コロッケにしてみました。

もしかして……美味しくないかな?

それとも、苦手?」


「いえ、かぼちゃの甘味がよく効いていて、煮付けかぼちゃが食感をモッチリさせて……

美味しいです」


「本当? よかった――」

 

 僕は、奈々さんのコロッケを食べるまで、食事で美味しいと感じることが、殆ど無かった。

どちらかといえば、栄養補給として義務的に食していることが多かったように感じる。

彼女の作るコロッケは、とても美味しい。

そんな美味しいコロッケを頬張る僕に、彼女は質問した。


「一弥君って、中学生? 高校生?」


僕は、口内のまだ粗い、かぼちゃコロッケを無理に飲み込んでから、

「中学……三年です」と、答えた。


「そうなんだ――私は、十八歳だから三歳年下なんだね」


 当初から、予想していた通り、奈々さんは年上であった。

もちろん、アルバイトをしているから、労働基準法に準じて、少なくとも僕よりは年齢が上なのは、当然ではあるけれど。


「奈々さんは、どこの高校なんですか?」


「え……? うん……私、高校生じゃないんだよね。中学校を卒業して、働いているから」


「そう……なんですか」


 僕は、聞いてはいけないことを質問してしまったような気がして、心が少しばかり沈んだ。

奈々さんが、少し俯いてしまっている中、僕はかぼちゃコロッケを食することで、気を紛らわそうとした。

二人の間には、店内からの光、夜の静寂、コロッケを噛む音だけが存在していた。


 かぼちゃコロッケを食べ終えて、耐油紙袋を二つに畳むのを見た奈々さんが、それを僕から取り上げると、

「今日も、ありがとう。

食べてくれて、嬉しかったよ。

また……来週も来てくれる?」と、言った。


「あ……はい。来週も来ます」


 奈々さんは「うん。来週、待っているね」と、小さく手を振りながら、笑顔を向けて店内へと戻っていく。


 僕は、自転車のサイドスタンドを上げると、力が無いように、自転車を押して歩き出した。

奈々さんを、傷付けてしまったかもしれない。

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