第二部 邂逅の夏に 3

 しばらくすると、彼女は店外へと姿を表した。

彼女の白い手には、耐油紙袋が握られている。

そこからは、揚げ物が顔を出していて、彼女との濃淡の差が見て取れた。

「はい、どうぞ」と、それを僕に渡す。


 思いがけずに、揚げ物を渡されたわけであるが、食べろということなのだろう。

揚げたばかりの揚げ物は、香ばしい香りを、その身に纏っている。

僕は、耐油紙袋から、揚げ物を半分露出させると、一口食した。

ザクッという音。

それは、コロッケだった。

口内に、甘いじゃが芋の味が広がって美味しい。

しかし、どうやら普通のコロッケではない。

変わり種らしく、柔らかな食感と酸味と甘さが程よく効いていて、食欲が進み、二口目を食べ進めた。


 そんな僕の姿を見ながら、彼女は「どうかな? 美味しい……?」と、尋ねてきた。

「美味しい」の一言で済ますのは、何やら気が引けたから、二口目を咀嚼中に、返答を思案した。


「はい、甘さがあって……程よい酸味もあるので、美味しいです」


「本当? よかった。それはね、ポテトサラダを混ぜているコロッケなの」


「ああ、だからですか」


 彼女は、笑顔を浮かべている。

「でも、いきなり連れてきて、ごめんなさい。

私、食材や食品を極力無駄にしたくないから、売れ残った惣菜を利用して、コロッケを試作しているの。

誰かに食べてもらって、感想が欲しくて……君に、いきなり頼んじゃった」

と、少しおどけて彼女は言った。


「あっ……自己紹介が、まだだったね。

私、このお弁当屋さんでアルバイトしている、遠山奈々とおやまななです」


 僕も彼女に続けて、自己紹介をした。

「俺は……風間一弥かざまかずやです」


「一弥君っていうんだ……ねえ、お願い事があるんだけど……一弥君、いいかな?」


 奈々さんが、真っ直ぐに、僕を見つめてくることが気恥ずかしくて、道路の白線に視線を落として「何ですか?」と、素っ気なく答えた。


「私のコロッケの試作品を、また食べてもらいたんだけど。

例えば、今日が金曜日だから……毎週金曜日に来てもらって、試食するのは……嫌かな?」


 この時間帯なら、問題は無いし、中学生であるから用事なども特に無い。

「んー、別にいいですよ」と、ほんの気まぐれという風を装って答えた。

奈々さんは「本当に? ありがとう、嬉しい!」と、喜んでくれている。

自身の中で気まぐれと称したのは、偽りだった。

本当のところは、奈々さんに、もう一度会いたかったし、奈々さんが作るコロッケを食べたかったからだ。

 

 自分でも意外だった。

このようなことが、仮にあったとしても、今までの自分なら断っていた。

面倒くさいという考えが、真っ先に出てきてしまう。

他人と深く接する。心通わせる。

どこかで煩わしさや欺瞞ぎまんが存在するからだ。

こんなにも素直に了承したというのは、たった一つの事実によるものだけだ。

それは、心中に芽生えて存在を薄っすらとさせている。

僕は、出会った時から、奈々さんのことを慕う気持ちが不思議と溢れていたのだ。


 辺りは、すっかり暗くなっている。

僕の気持ちを反映するかのように、夏の夜風がすり抜けていく。

心が踊るようで、なぜかわからないけれど、切なくなる。

それらの感覚を携えて、その日は帰路に着いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る