第一部 帰郷の夏に 7

 清照さんは、赤いハワイアンシャツの胸ポケットから煙草を取り出して、ライターで火を点けた。

肺を紫煙で満たすためか、ゆっくりと一口吸う。


「ああ、今はな……事業とか手広くやってんだ。

まあ、他にも色々とな。ビジネスだ、ビジネス。

やっぱ、男はビッグにならないとな……!」


 二十代女性の平均身長に満たない彼の口から、ビッグという言葉が出るのは驚きである。

彼は、身長関連や大小の言葉に敏感で、それらの話題を出す後輩に辛く当たっていた。

学生時分とは、年齢による上下関係が非常に大きかったのだ。

仕事の話は、おそらく虚言であるが、彼の誇りを傷付けるので深くは追求しない。


 清照さんは、胸ポケットから煙草を再度取り出すと、箱を揺さぶって二本ばかり顔を見せた煙草を私に向けてきた。


「ああ、煙草は、もう吸ってないんですよ」


「何だ、そうか。こんなに、うめえのによ。

そういや……お前、こんなとこに何で座ってんだ?」


 あまり触れられたくないことを聞かれた。

しかし、清照さんの疑問は、今の状況に対して的確である。

上手く誤魔化そうと思考が巡ったが、私も虚言を吐くのではないかという思考も交差した。


「随分と久しぶりの帰郷なので、町中に来て歩いていたんですよ。

それで……少し休憩していました」


 清照さんが「何だ、そうか」と、言い終わる前に、彼の携帯電話の着信音が鳴った。

画面を見ながら、スッとベンチから立ち上がり、電話に出た彼は、割にハキハキと受け答えしている。

聞き耳を立てているつもりはないけれど、隣りにいるものだから、否応なしに、やりとりの一部が聞こえてくる。


「はい、清照です。はい――はい――

そうっすね……今からなら三十分後に着けます。

わかりました――あっ! 兄貴、ちょっと……ガキの頃の俺の後輩で、

風間って覚えていますか?

今、こっちに帰ってきているんですよ。

はい――

そうっす。あの、風間です。

はい――

はい――わかりました。失礼します」


 自分の名前を出されたものだから、怪訝な顔をして清照さんを見ていた。

相手の反応がわからないけれど、電話の流れからするに、電話の主は、どうやら私を認知しているようだ。

電話を切った清照さんは、視線をこちらに向けた。


「おう、悪いな。これから、堂島の兄貴の所に行ってくるからよ。

堂島の兄貴、覚えているか?」


 堂島。

中学生時分に会っている。

最初は、暴力団に所属している男かと思ったが、話を聞けば、どうやら違っていて、中学校を卒業した清照さんが兄貴と呼んで慕っていた。


「ええ、堂島さん――

もちろん、覚えていますよ」


「兄貴がよ、お前と久しぶりに話したいっていうからよ。

今日は、無理なんだけど、明日とか都合つくか?」


「ああ……はい、大丈夫ですよ」


 堂島さんは、当時、暴力団員ではないけれど、反社会的な人物であった。

中学生時分に、彼とは、ある理由で大いに揉めたことがあるし、奈々さんとも面識がある。

五十嵐弁当以外に奈々さんに関することを知っているのは、彼だけかもしれない。

それを含めて、私は彼と会う決意をした。


 お互いの連絡先を交換した後で、清照さんは先程の横行闊歩とは違い、堂島さんとの待ち合わせに向かうために走り去っていった。

一人になった私は、斜め向かいにある自販機を眺めた。

現在から過去を振り返るために、夏の太陽が道筋を照らしてくれるようで、爽やかな夏の風も記憶を後押しする。


 そうして、夏の匂いと夏の暑さに抱かれて、中学生時分の回想を始めることにする。




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