第一部 帰郷の夏に 6

 そう、奈々さんのこと。

五十嵐弁当のご夫婦であれば、何かを知っている可能性があった。

そう考えたからこそ、帰郷したのである。

ただ、彼女に会いたい。

一箇月前のコロッケの件から連鎖して、彼女のことを深く思い出した。

思い出したという表現には、幾らかの語弊があるように自身で感じる。


 忘却などするはずがない。

奈々さんは、思春の中にあった当時の私に、何より大切なことを教えてくれた人だからだ。

それを、現在の私が胸を張って言えるかは、別の問題として影を落とす一面もある。


 スポーツドリンクのキャップを開封して、ゴクリと一口飲み込む。

火照った身体に、優しく染み込んでくる。

もう一口とペットボトルを傾けた。

斜めに視線をやると、一人の男性が歩いてくる。


 男性は、金色の短髪、黒いサングラスを掛けている。

花柄の赤いハワイアンシャツに白いスラックスという出で立ちで、閑散とした町を横行闊歩している。

小柄な身体を、少しでも大きく見せるための歩き方なのだろうか。

男性は、どうやら私の僅かな視線に気付いたようで、道路の反対側から声を荒らげた。


「おい! こらあ! 何見とんじゃ!」


 先程までの横行闊歩と違って、どんどんと速度を上げてくるものだから、道路を横断して、すぐに私の眼前に到達した。

少しばかり見ただけで、突っ掛かってくるなど、どうにも不逞の輩である。


「は? 何ですか?」


「何すかじゃねーんだよ! この野郎!

ガキが、殺すぞ! この……ああ?

お前、風間……か?」


 男性は、罵声を浴びせる中で、サングラスを外して、私の顔を覗き込んでいた。

ああ、知った顔だ。

彼は、中学生時分の一期先輩だった。

名字は思い出せない。

もしくは、元々知らない。

名前は、清照きよてるという。


 清照さんは、細い目をさらに細くする満面の笑みを浮かべて、私の肩をバンバンと叩きながら、

「何だよ! 久しぶりじゃねーか! お前! 

今は、都会のほうで暮らしてんのか?

いやー懐かしいな! おい!」

と、興奮した様子だ。


「清照さん、お久しぶりです。

相変わらずです……ね」


 成人式や同窓会の場という、旧友と会うことが前提とは違い、十年ぶりに偶然に会った者が、お互いを認識できるというのも中々に希少ではないだろうか。

もちろん、地元という判断材料は加味されているけれど。

清照さんは、ベンチにドカッと腰を下ろして、話を続けた。


「いや、マジで懐かしいわ。お前、覚えているか? 〇〇中とか〇〇中とかの連中と喧嘩した時のこと。

俺が、相手の頭張ってた奴をボコボコにしてよ。

あん時の俺は、敵無しだったよなあ!

抗争でも、真っ先に突っ込んでいってよ!

でもよ、俺一人に対して二十人に囲まれた時とか、族の連合に襲われた時は流石に焦ったな」


 清照さんは、当時と何ら変わっていなかった。

昔からこうであった。

ある種、変わらない彼が、面白く、嬉しくもある。

とにかく虚勢を張る。

それに加えて、虚言癖もある。


 実際に、他校との喧嘩があったりと、お互いに参加していたのは事実であるけれど、小柄な彼が戦力になっていた事は、一度も無かった。

どの話も彼が目の当たりにしたり、他人から聞いた話を自身に刷り込んで、生み出しているようだ。


「はは。そうですね……懐かしいですね。

清照さんは、今は何をされているんですか?」


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