◇Phase 9◇

【ドライアンの家】


リビングにドライアンとカルミア、ベルが向かい合っている。


ベル:……なるほど。そういった経緯でございましたか。随分ずいぶんな早とちりをしてしまいましてかさがさね申し訳ございません。

カルミア:いや、私達の方こそ、その、紛らわしいことをしていて申し訳なかった。戸惑わせてしまっただろう。

ドライアン:せめて、こいつを連れてくるって予め連絡しとけば良かったよな、すまん。

ベル:いえ、私めがノックもせずに、我が物顔でドアを開けてしまったのが悪かったのです。ご主人に従うべき畜生の身でありながらいちじるしく礼を欠いた行動、深く反省しております。今後はドアの向こうでラブロマンスが繰り広げられていることも想定致します故ご安心いただけますれば幸いです。ワン。

カルミア:ラブロマンス!?

ドライアン:いや、そういうんじゃないからな!

ベル:はぁ。そうですか?

カルミア:それはさておき、そなたがベル、で良いのだな? 私はカルミア・ラティフォリア。ご覧の通り、天使だ。

ベル:はい。申し遅れました。改めましてわたくし、ケルベロスのベルと申します。よろしくお願い申し上げます。天使のきみ

カルミア:天使の君はよしてくれ。カルミアで良い。

ベル:ではカルミア様。

カルミア:うむ。

ベル:して、カルミア様。不躾ぶしつけな質問で申し訳ないのですが、いと高き天空にお住いの天使であらせられるところのカルミア様が、どうしてこのような悪魔のご主人と一緒におられるのでしょう?

ドライアン:おいベル。「このような」っつったか?

ベル:深い意味はありません。強いて言いますれば、私は畜生でございますが、天使と悪魔の関係性が良好なものでないことは存じております。そうであれば、従僕たる私と言えど、身内である主人ともども、穏当おんとうかつ妥当だとうに、へりくだるべき特別な場面かと、そう愚考ぐこうしてのもの。ご容赦ようしゃ願いたい。ワン。

カルミア:それは……。

ドライアン:んな難しい理屈なんざねぇ。ただベルに会いたかったからだよ。

ベル:わたくしに、ですか?

ドライアン:俺がベルの話をしたら、ぜひ会いたいって。だろ、カルミア。

カルミア:ああ。

ベル:それは光栄でございます。

カルミア:可愛い犬だと聞いていたからな。……まさか、ケルベロスだとは思わなかったが。

ドライアン:かわいいだろ?

カルミア:まぁ否定はしない。

ベル:勿体なきお言葉。

ドライアン:カルミアはケルベロス見るの初めてか?

カルミア:ケルベロスは初めてだな、天界にも地上にもおらんからな。

ドライアン:そりゃそうか。

ベル:私も天使の御方とお会いするのは初めてでございます。何と言いますか、話に聞いていた印象よりも優しく心地よい雰囲気を纏われているのですね。カルミア様。

カルミア:ふぅん、そうか。ところでドライアン、貴様天使のことをなんと教えた?

ドライアン:え? いや、それは……。

ベル:闘争と殺戮さつりくをこよなく愛し、穏やかな野原を血の海に変える、生粋きっすいの戦闘狂と伺っております。お恥ずかしいことではありますが、子犬の頃はあまりに恐ろしく、まだ見ぬその怪物を夢にも見たほどでした。ワン。

ドライアン:お、おい、ベル……!

カルミア:ほぅ。詳しく。

ベル:特に恐ろしかったのは、ご主人が戦場で何度も相対あいたいしてきたというゴリラ天使の話でございますね。

ドライアン:こら! ベ――


ドライアン、カルミアに口を塞がれる。


カルミア:ゴリラ天使……? なかなか興味深いな。教えてくれないか? ベル。同族として気になる。

ベル:はい。その姿は一見ほっそりとしているのですが、一度ひとたび闘争本能に火が付くと、筋肉が肥大化し、手のつけられない凶暴なゴリラのようになるとか。どのような攻撃も効果は無く、振り下ろされし豪腕ごうわん容易たやすく大地を裂き山を震わせるそうです。そして、何より恐ろしいのはその性質。執念しゅうねん深く、逃げようとすると地の果てまで追いかけて、仮に追いつかれてしまったが最期。臓物ぞうもつをさながらトイレットペーパーの如く容易く引きずり出されるのだとか。いやはや。世界には恐ろしい存在がいるものですね。しかし、麗しきカルミア様に於かれますればそのような……おや? どうなされました? ご主人。顔が蒼白ですが……?

ドライアン:あ、ああ。そうだな。怖くて、な。

カルミア:ふぅん。

ドライアン:カルミア、……怒ってるのか?

カルミア:ほぅ? 何故私が怒ると思った? 理由を言ってみよ。ドライアン・ダラス。

ドライアン:……いや。何でも無い。

カルミア:そうか。そういうことに、しておこう。

ベル:お二人とも、顔色が悪いようですが……。

ドライアン:気にするな。

カルミア:そう、問題ない。

ベル:ああ、ですが最近聞いた話の天使は素敵な御方のようです。

カルミア:ん?

ベル:なんでも、わたくしの妹にあたる捨て猫を、身寄りの無かった彼女を、それはもう大事に育てて下さる、心優しく花のように美しい、慈愛じあいに満ちた素晴らしい天使がいるとか。

カルミア:それって……。

ベル:それに、その方にお会いして以来、ご主人はなにやら楽しげにされているようですし、私もいつかお会いしてみたいと思っておりました。

カルミア:ドライアン……。

ベル:そしてカルミア様。その天使とは、あなたのことでございますね?

ドライアン:……言うんじゃねぇよ、ベル。

ベル:ご主人共々、末永すえながくよろしくお願い申し上げます。

カルミア:……ああ。よろしく頼むよ。ベル。

ドライアン:ふん。

ベル:いや、それにしましても、天使には色々な方がおられるのですね。

カルミア:うん?

ベル:片やゴリラ、片や花。いつかそのゴリラ天使なる御方ともお会いしてみたいところです。怖いもの見たさというやつですね。

ドライアン:……ベル。それ以上言うとまじで筋肉盛り上がるからやめろ。

ベル:おや? 何のことでしょうか?

ドライアン:お前、賢いのか馬鹿なのか分かんねぇよ。

ベル:何を仰いますご主人。わたくしは愚かな犬でございます。ご主人の幸せを願い、尻尾を振るしか出来無い犬でございますから、ただ、この幸せなひとときが続けば良いと、心より願うだけでございます。ワン。

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