◇Phase 8◇

【ドライアンの家、玄関】


ドライアンがカルミアを背負っている。


ドライアン:着いたぜ! これが俺の家だ。

カルミア:ほぅ。……案外普通だな。

ドライアン:お? どういう意味だ?

カルミア:なんか、こんな山奥にあるというから、昔話的な藁葺わらぶき屋根を想像したのだが、普通に現代建築なのだな。或いはもっとおどろおどろしい感じの洞窟とかでも良かったのだが。

ドライアン:それはお互い様だろ。悪魔がみんなダンジョン的な洞窟とか古城とかでかい洋館に住んでるわけじゃねぇし、これくらいが普通だ。

カルミア:そういうものか。しかし、整備された道路どころか、おおよそ人の出入りも無い山奥に小綺麗な一軒家があるのも逆に不気味だがな。ガレージまでついとるし。車も無いのに。

ドライアン:それは……そうかもな。建築が得意な知り合いの悪魔に建ててもらったんだが、景観に合わないのはそうだよな。

カルミア:随分便利な悪魔がいるものだな。

ドライアン:ほんとそれな。住宅カタログから選んで……これになった。

カルミア:そういう感じか。

ドライアン:そういう感じだ。なかなか住み心地良いぞ。

カルミア:ふむ。他にはどんな家があったのだ?

ドライアン:あ? なんだよ、急に。

カルミア:いや、何。今後の参考――じゃなくて、ふと悪魔はどんな家に住みたがるのか気になってな? 私は断然、東洋建築だな。平屋が良い。庭に池があって、橋が架かっておるのとか最高だ。

ドライアン:お前、そういうの好きだな。まぁ俺は四角いコンクリートのやつが良いがな。

カルミア:それで地下室なんかあったりするんじゃろ?

ドライアン:良いなそれ!

カルミア:私は地下室なんぞ御免だがな。息苦しい。

ドライアン:じゃあ、屋上だな。いっそ星空の見えるペントハウスなんてどうだ?

カルミア:星空か。悪くないが。

ドライアン:なんか気にいらねぇのか?

カルミア:星を見に行くだけなら、飛べば良かろう? お互い飛べるんだから。

ドライアン:それもそうだな。

カルミア:うむ。

ドライアン:ところでよ、カルミア。

カルミア:なんだ?

ドライアン:そろそろ……降りねぇ?

カルミア:あ。あぁ! そうだな! 助かった、ドライアン。礼を言うぞ。

ドライアン:ありがたき幸せ。

カルミア:うむ、くるしゅうないぞ。


カルミア、ドライアンから降りる。


カルミア:ところで、ベルというのはどこにおるのだ?

ドライアン:おお、そうだな。この時間帯だと勝手に散歩してるんじゃないかな。そろそろ帰ってくるとは思うけど。

カルミア:そんな自由なのか?

ドライアン:普段は留守番してるけど、外出るときは鍵かけて出て行くし。

カルミア:いや、どんな犬だ。

ドライアン:まぁ、とりあえず上がっていけよ。

カルミア:うむ。

ドライアン:悪魔の家に上がり込むのに躊躇ちゅうちょしねぇのな。

カルミア:見た目がこんな普通の家では、躊躇ためらう理由を探す方が難しい。

ドライアン:あー確かにな。

カルミア:貴様とて、うちに来ることに随分慣れたではないか。

ドライアン:まぁ、そうなんだけどな。

カルミア:お互い様だ。

ドライアン:お互い様か?

カルミア:うむ。

ドライアン:さて。かぎ、かぎ~。


ドライアン、玄関の植木鉢の下から鍵を取り出す。


カルミア:おい玄関の植木鉢の下って。

ドライアン:え? 何か問題か?

カルミア:セキュリティ意識。

ドライアン:そんなこと気にすんなよ。合鍵とか面倒だし、それにどうせこんな山奥誰も来やしねぇよ。

カルミア:それなら何の為に鍵なんて閉めておるのだ?

ドライアン:ん? 悪魔ってほら封印とかそういうの好きじゃん?

カルミア:じゃん……? いや、知らんが。

ドライアン:それに折角ついてるんだから使わないのもなんか勿体ないだろ。こんなのぶっちゃけ素手で壊れるし、おもちゃみたいなもんだけどさ、遊び心って大事じゃん。


鍵を開ける音。


カルミア:遊び心かよ。


ドライアン、扉を開けると入っていく。


ドライアン:あ、靴は脱いでくれよ。スリッパはそれな。

カルミア:あ、ああ。お邪魔します。

ドライアン:いらっしゃいませ天使さま、ようこそ我が城へ。

カルミア:随分小ぶりな城だな、悪魔よ。

ドライアン:謙虚なもんで。

カルミア:……なんか、結構綺麗だな。

ドライアン:ん? 何が?

カルミア:貴様のずぼらな性格だと、絶対散らかってるか、ほこりが溜まってるものだとばかり思っておったのだが……。

ドライアン:失礼な。まぁでも半分当たりだな。掃除してんの俺じゃねぇし。

カルミア:まさかメイドでも雇っておるのか?

ドライアン:メイド? いやいや。ベルが掃除してるんだよ。あいつ綺麗好きだから。

カルミア:どんな犬だ。

ドライアン:というか、俺のことずぼらとか言うけど、お前の家、結構汚かったじゃん。

カルミア:な! あれはウルが暴れるからで!

ドライアン:いやいや。そもそも物がやたら多いし、片付けられてない気がするぞ。

カルミア:それはその……。

ドライアン:あとな、羽根。

カルミア:羽根?

ドライアン:ウルの毛もだけど抜け落ちた髪とか羽根めっちゃ散らばってた。

カルミア:な! ああああああ! そんなところ見るなこの変態悪魔!

ドライアン:見るなって言ったって……、体に付くくらい抜け落ちてんだから仕方ないだろ?

カルミア:う、ううう、嘘だ!

ドライアン:嘘じゃねぇよ。この前、お前んちから帰ってきたときにも結構付いてたし。ほら、俺の体ってさ、全体的に黒いから結構目立つんだよな。お前の真っ白な羽根。

カルミア:そ、そんな訳ないもん! 抜けてないもん!

ドライアン:ええ~? でもさ、言ってるそばから、その、落ちてるし。ほら?


ドライアン:天使の羽根を拾う。


カルミア:え? ああああああああああ! やめてぇ! 見ないでぇ! 拾わないでぇぇ!

ドライアン:あ、何? 天使的にこれって恥ずかしいのか? それはその……すまねぇ。

カルミア:駄目、ゆるさん。

ドライアン:ええ……? どうしろと?


カルミア、羽根を手にしたドライアンの腕に縋りつく。


カルミア:むうぅ……。

ドライアン:もう、泣くなよ。

カルミア:泣いとらん……。

ドライアン:嘘つけ。

カルミア:天使嘘つかないし。

ドライアン:……はぁ。何したらいい?

カルミア:……じゃあ、代わりに。

ドライアン:代わりに?


間。


カルミア:命を寄越せ。

ドライアン:ざけんな。

カルミア:……くれないのか?

ドライアン:やるわけねぇだろ。

カルミア:じゃあ、許さない。

ドライアン:めんどくせぇな。

カルミア:どうせ私は面倒くさいし。

ドライアン:ねんなよ……。……仕方ないな。はぁ。――おりゃ!


ドライアン、自分の爪を剥がす。


カルミア:ドライアン?!

ドライアン:くぁっは! いってぇー!

カルミア:な、何をしておるのだ貴様!

ドライアン:何って爪を剥がしただけだが?

カルミア:見れば分かる! 何でそんなことを!

ドライアン:ほらよ、カルミア。

カルミア:な、何だ?

ドライアン:やる。

カルミア:え?

ドライアン:俺の爪をやるって言ってんだ。

カルミア:ドライアン……。

ドライアン:へへへ。

カルミア:…………いや、すまん。ほんとに理解できんのだが、……貴様何がしたいんだ?

ドライアン:あれぇ?

カルミア:ぶっちゃけ引くわ。

ドライアン:いや、お前の羽根の代わりに俺の爪をだな……。

カルミア:は? いや、そんなもんいらんが。いきなり何をしだすんだこの悪魔は。貴様狂ったのか? 正直ちょっと――


間。


カルミア:キモいぞ。

ドライアン:……あああああああああああああ!

カルミア:ドライアン?!

ドライアン:もういい!

カルミア:どうした!?

ドライアン:御護おまもりなんだよ!

カルミア:おまもり?

ドライアン:そうだ!

カルミア:すまぬ、わからん。

ドライアン:だから! その、この爪を渡した相手は何があっても守るっていう――悪魔のまじないの一つなんだよ!

カルミア:…………つまり?

ドライアン:俺が――お前のこと守ってやるって!

カルミア:え……?

ドライアン:…………その。言ったんだよ。

カルミア:は? え? 貴様……え?

ドライアン:……もういい返せ!

カルミア:え、いやいや! だめだ! 返さぬ!

ドライアン:何でだよいらねぇだろ!

カルミア:必要だ!

ドライアン:いらねぇって言っただろ、キモいって! 返せ! 山に捨ててくる!

カルミア:駄目だ! 捨てるならよこせ!

ドライアン:何でだよ!

カルミア:私には必要なのだ! 私には! ……私には貴様が必要なのだ!


間。


ドライアン:え?

カルミア:ドライアン。

ドライアン:……カルミア。

カルミア:ドライアン、貴様は私のことを――

ドアの開く音。

振り返る二人。

そこにはケルベロスの『ベル』がいる。


ベル:失礼。ご主人、それに可憐かれんな天使のお客人。まさかこのような重大な場面に水を差してしまうとは、馬に蹴られて地獄に落ちるのもやむなしと言った次第でござりますれば、この不徳ふとく駄犬だけん、その名をベルと申しますが、此度こたび御無礼ごぶれい何卒なにとぞつつしんでお詫び申し上げます。

ベル:ところでわたくしなぞ所詮しょせん取るに足らない犬畜生いぬちくしょうの身分にござりますれば。その、差し出がましいご提案とは存じますが、差し支えなければお二方におかれましては、是非先程までのきを続けて頂いても問題の程、無いかと存じまする。無論、私なる犬畜生はその間、犬畜生らしく散歩にでもきょうじ、三つ先の山間やまあいの、滝にでも打たれて参ります。

ベル:そしておりよく日が昇ってしばらくした頃に改めて帰って参りまする。無論、可憐な天使のお客人におかれましては、その際に初めてお目にかかったというていで接していただけますれば、改めてご挨拶などさせていただく所存しょぞんですのご安心おば。

ベル:さて、この度は大変申し訳ございませんでした。今後このようなことが無いように粉骨砕身ふんこつさいしん努めて参りますので、何卒ご容赦ようしゃの程よろしくお願い申し上げます。ワン。

ベル:それでは、ごゆっくり。ワン。


ベル、去る。

二人、顔を見合わせる。


カルミア:ちょっと待って!

ドライアン:違うんだベル!

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