◇Phase 4◇
【カルミアの家】
疲れ果てたカルミアが倒れている。
カルミア:ああ、ウル……、そなた、ちょっとやんちゃすぎるぞ……。
カルミア:私のお気に入りのハープで爪研ぐし、雲のベッドはマーキング。雌猫だから大丈夫って書いてあるこの当てにならんメモは何なのだ!? それに研究中の魔方陣も一から組み直し――あぁぁぁぁ……。
カルミア:安請け合いするんじゃなかった。でも、仕方ないじゃないか。思い出すのも忌々しいが、あんな! あんな恥ずかしい勘違いしてしまった私が悪いのだから!
カルミア:あぁ。私って天使向いてないのか……?
ウル:みゃあ。
カルミア:じっとしとると可愛いんだが、な。まるで天使のようだと形容しても良いが、この惨状どうしたものか、これどう見ても悪魔の所業ぞ?
ウル:みゃあ。
カルミア:やはりあやつに……いやいや。早くも音を上げて頼るなんて、天使としての
ウル:みゃあ?
カルミア:と、とりあえず、相談してみるか!
カルミア、歌い始める。
カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出を、あなたが呼ぶ声がする。星空に繋いで、
電話のような発信音。
レリア:あっぶね。――はい、姉さんだけのレリア・アンセプス。
カルミア:レリア。今いい?
レリア:もちろんです。今、有象無象の悪魔を六体ほどぶち殺しているところで……四体になりましたが、喜んで。
カルミア:そう、忙しいところすまぬな。いや、何でもない、務めに戻ってくれ。
レリア:そんな! 姉さんが謝ることではありません、こいつらがとっとと滅びないのが悪いのです、――我が
無数の鈴の音と断末魔が遠く響く。
レリア:っと……失礼。終わりました。姉さん。
カルミア:流石レリアだ。
レリア:いえいえ、取る足りない雑魚でしたから。ところで姉さん。
カルミア:うん?
レリア:差し出がましい提案で恐縮なのですが、スマホを持ってみるのに興味はないでしょうか?
カルミア:無いが。どうしてだ?
レリア:即答ですね。今時カビ臭い天空音楽系念心術、通称『カラケー』なんて――いえ、呼び出すときに歌うお手間を省けるので、便利なのでは無いかと愚考した次第でございます。
カルミア:そんな物よりイメージ共有術の方が便利であろう? 私の見ておる光景をそのまま伝えられるし、電池も電波も気にしなくて良い。歌うのも慣れると結構楽しいものよ。ふふふ。
レリア:流石姉さん! 全く以てその通りでございます! 瞬きも許されぬ張り詰めた激戦の最中、よもや眼前の敵を塗りつぶす形で意識に直接干渉してくる無駄な高精細画像、いやぁ4K8K目じゃないぜ! 気を取られて危うく死にかけましたが何度体験しても素晴らしいですねこれは3D4D超えてます! それに電池や電波いりませんもんね!
カルミア:ああ。控えめに行って最高だな。
レリア:まぁ、通話にはオーバースペックすぎますし、天界は4Gどころか5Gも給電マイクロ波も余裕で飛び交ってるのでそんなの気にする要素なんてゼロなのですが。
カルミア:K……D……G……まい……? なんだそれは?
レリア:いえいえなんでも。
カルミア:ふむ、そうか?
レリア:……本当にいりませんか? スマホ。天使向け連絡アプリ『ソライン』とか便利ですし、天使の呟き『スカイッター』……今は名前が変わって『Z』ですが、これも同胞がいま何してるかとか、天界の流行やら悪魔どもの動向も分かるのでオススメなのですけど……。
カルミア:くどいな。いらんと言っておろう?
レリア:そーですよね! はははは。失礼致しました。……はぁ。
カルミア:やはり『カラケー』こそ神の御業。
レリア:……それで、いかがなさいましたか? 麗しきカルミア姉さん。何か、困ったことでも?
カルミア:実は猫を――拾ったのだがな。
レリア:猫? どこの泥棒猫ですか?
カルミア:泥棒猫? 泥だらけで死にかけていたらしい仔猫だが。
レリア:なるほど! 流石慈悲深き僕の姉さん! ちっぽけな畜生にも憐れみを施す
カルミア:大袈裟な。
レリア:いいえ! 寧ろこんな言葉じゃ足りないくらいです! 姉さんの素晴らしさを表すには。あああ、足りない! 足りないよ! こんな言葉じゃ、姉さんへの愛が! 姉さんを、僕の愛を表すには! あぁぁぁぁぁぁ! 姉さんんんんんんん!
間。
レリア:失礼、魔力の流れが乱れていたようですね。
カルミア:大丈夫かレリア?
レリア:ええ。ご心配おかけして申し訳ありません。それで、いかがなさいました?
カルミア:ああ、猫のことなのだが、どうやって育てたら良いのか勝手が分からなくてな。レリアは昔、猫を飼っていただろう?
レリア:僕を頼ってくれて嬉しいです、
カルミア:よくわからんが。そういったことが得意かと思ってな。
レリア:まぁあれは、正確には猫というか、
カルミア:そうなのか? ではレリアには無理か。すまない、邪魔を――。
レリア:――全然余裕です! それに姉さんにとっては猫も獅子も
カルミア:それは良かった! ちなみに猫の餌ってとりあえず何かの生肉とかそのへんの草で良いのだな?
レリア:……。ものによりますが。何を食わせるおつもりですか?
カルミア:栄養価が高いと聞いて狩ってきた、
レリア:……百歩譲って
カルミア:……苦労して獲ってきたのにか?
レリア:うっ……か、代わりに今度僕に御馳走してくれればうれしいなぁ! そ、そうだ! 今回のお礼として!
カルミア:うむ? 分かった。
レリア:あ、ちなみにそれってどんな猫ですか?
カルミア:猫に種類があるのか?
レリア:ありますね。
カルミア:こんな、猫だ。
ウル:みゃあ。
レリア:ああ、……ほんと普通の猫ですね。たぶん雑種のイエネコです。
カルミア:それで、此奴は何を食べるのだ?
レリア:うーん、見たところ生後二ヶ月程度でしょうか、もう普通食でもいけそうですね。
カルミア:普通食とは、何の肉だ? やはり、
レリア:いや、
カルミア:キャットフード? どこにある?
レリア:人間界で買ってきて下さい。
カルミア:人間界か……、よく知らないのだが肉屋に行けばいいのだな?
レリア:いや、コンビニとスーパーとかホームセンターで売ってます。
カルミア:コンビニ……? 分かった。
レリア:それで、食事の回数は一日に二、三回くらいでしょうか。大人 になるとそんなに回数は多くなくて、ゆっくり食べるのであまり気にしなくても良いですよ。猫によって好みもあるので、カリカリだけじゃなくて、缶のやつとかもあげると良いかもしれません。
カルミア:カリカ……? 結構詳しいな、レリア。
レリア:ええ、まぁ、魔獣や霊獣は使役すると何かと便利ですからね。ああ、それと拾ってきたんですよね? その猫。
カルミア:…………あ、ああ。
レリア:何ですか、今の間は? まさか、攫(さら)ってきたんですか?
カルミア:そんな訳無いだろう! ……捨て猫だ。
レリア:そうですか。
カルミア:そうだ。
レリア:……んー。だったら、まぁ一応病院に連れて行くことをオススメします。
カルミア:どうしてだ?
レリア:病気とか、持ってるかも知れないので――
カルミア:「この世の遍(あまね)く病魔に警告する
レリア:…………。
カルミア:これで大丈夫か?
レリア:姉さん。それ、猫に使うやつじゃないです。
カルミア:え? 駄目だった?
レリア:死の
カルミア:「汝に与えるは毒を浄化し、呪いを滅する天衣無縫の調べなり
レリア:……病気の問題はクリアですね。わーい呪いも退ける、やったね!
カルミア:他にも何か必要なのか?
レリア:あー、えっと、そうですね、あとは猫のトイレと爪研ぎは必須ですね。
カルミア:ふむふむ。
レリア:それから――敵です。
カルミア:敵?
間。
カルミア:どういうことだ、闘わせるのか? レリア? 強敵、宿敵との戦いこそが健やかなる成長に必須? やはり
レリア:いえ、そうじゃなくて! 敵が来たので失礼します、姉さん!
カルミア:ああ、そういうことか。
レリア:まぁ、色々大変でしょうが精々頑張って下さい。僕も頑張りますので。
カルミア:あぁ、私なりに頑張ってみるよレリア。
レリア:あ、いえ、今のはそこの猫くんに言ったんですよ。
カルミア:そうなのか?
ウル:みゃあ。
レリア:それでは、愛しております、姉さん。
カルミア:私もだ、レリア。
レリア:……はぁぁぁぁぁ! よくも姉さんとの至高の一時を邪魔してくれたな薄汚いクソ悪魔ども! 貴様らは骨も肉も跡形もなく消し炭にしてくれる! 「穿て、刻め、磨り潰せ、焼いて、焦がし、塵灰と――」
通話の切れるような音。
カルミア:ふむ。ひとまず、キャットフードとやらを調達するか。
ウル:みゃあ。
カルミア:おとなしく待っていろ、と言ってもどうせ聞かんのだろうな。
ウル:みゃあ。
カルミア:しかしこれ以上荒れるのは勘弁願いたい。……うむ、仕方ない。ここは
カルミア:いや、だが、しかし……。
カルミア:うぅ……む、いや。
カルミア:元はと言えば、
ウル:みゃあ。
カルミア、歌い始める。
カルミア:「澄みわたる深い夜、わたしを呼ぶ声がする。振り返る思い出をあなたが――」
電話のような着信音。
カルミア:え、え?! ま、まだ術は――いや、違う、これは……?
ドライアン:あー、こちらドライアン。
カルミア:…………。
ドライアン:……? こちらドライアン。おーい、どうした? 天使。あれ、繋がってるよな? 失敗したかな……? そういえば、天使と繋げたって話は聞いたこともねぇな。アマホ。
カルミア:……ドライア――悪魔か。
ドライアン:ん? おう! さっきぶりだなカルミア!
カルミア:……! あ、ああ、さ、さっきぶり、だ。いや、これは貴様の……?
ドライアン:ああ、試したこと無かったんだが、悪魔式通信魔術っていってな? これ天使とも通じるんだな。知らなかったわ。
カルミア:そのようだな。では、やはりカラケーも通じるのだろうか……?
ドライアン:カラケー?
カルミア:いや、何でも無い。それで、どうしたというのだ? ……悪魔である貴様が、このように気安く連絡してくるなぞ、……
ドライアン:ひでぇな。
カルミア:あぁ。ひどい気分だ。
ドライアン:っへ。そうかよ。
カルミア:しかし――故に危急の用なのであろう? 申してみよ。もし違ったら、殺す。
ドライアン:おうおう、おっかねぇ天使さまだなぁ。そうなんだよ、一つ忘れていたことがあってな。
カルミア:なんだ?
ドライアン:ちげぇよ、メシ!
カルミア:メシ? 食事のことか?
ドライアン:そうそう、お前にウルのこと任せちまったからな。それくらいは俺が持とうと思ってな。
カルミア:……つまり食事を、その、奢る、と?
ドライアン:ああ。まぁそれくらいはな。
カルミア:貴様! 私達は曲がりなりにも天使と悪魔だぞ! それは戦場でいくら剣を交え、こうして魔術で……つ、つ、繋がろうとも変わらぬ。
ドライアン:お堅いことだなぁ。それくらい……。
カルミア:その申し出は受け入れられない!
ドライアン:だからこそ貸し借りは無しにしてぇんだよ。
カルミア:貸し借りなぞ、対等と言ったであろう。
ドライアン:それでも、ウルのことで迷惑かけちまう。せめて餌代くらいは許してくれって言ってんだよ。
カルミア:…………餌代?
ドライアン:天使が人間界の金なんて持ってないだろ? 悪魔の俺は伝手があるからな。
カルミア:ああ、餌代ね。……なんだ。
ドライアン:なぁ、頼むよ。
カルミア:ああ、ふぅん。まぁ良いのでは無いか。
ドライアン:ほんとか!
カルミア:そのような嘘をついてどうなる。
ドライアン:オッケー、じゃあ持って行くわ。
カルミア:良いぞ、……好きにするがよい。
ドライアン:ウルにも会いてぇしな!
カルミア:会い……? え、いや、貴様来るつもりか?! 第一、貴様は私の家の場所を知らんだろ? じゃなくて、天使の家に悪魔が来るなど!
ドライアン:そうでもねぇよ、この念心で大体の方角は分かったから、あとはそっちに向かって飛べば良い。
カルミア:その手があったか。じゃなくて、む、無理だやめろ!
ドライアン:なぁに、お互い、戦場で何度も出くわしてるんだ。近くにいればお前の気配は分かるし、出会おうと思って出会えない訳はねぇ。
カルミア:いや、そういう問題じゃ……!
ドライアン:カルミア。
カルミア:な、何だ?
ドライアン:餌買ってすぐ行くから待っててくれよ!
カルミア:本気か貴様! おい、ドライアン! ドライアン!?
電話の切れるような音。
カルミア:
ウル:みゃあ。
カルミア:……というか、え、ほんとに来おるのか? 待て待て待て待て――! 私の部屋に
ウル:みゃあ?
カルミア:へ、部屋にレリア以外の男……いや、悪魔なぞ招いたこと無いぞ?! あぁそれに、ウル! そなたまた散らかしおって! こんな状態では
間。
カルミア:
ウル:みゃあ。
カルミア:……いや、そんな訳なかろう。
ウル:みゃあ。
カルミア:大人しく片付けよう……。
ウル:みゃあ。
カルミア:ウル。そなたは気楽で良いな。私は気が重いわ。……いや、気のせい、気のせいだ。私は少し浮かれてなど、いない。……断じて!
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