◇Phase 3◇
【帰路2】
ふらつきながら飛翔する天使カルミア。
カルミア:はぁ、はぁ、…………っく、悪魔ドライアン・ダラス。
カルミア:……あんな……はぁ、化け物相手に、互角の戦いをしておったのが、不思議だ。あの軽口、余裕な態度。まさか手を抜かれておるというのか? この私が、遊ばれている……? だとしたら、次は、無いかも知れぬな。しかし――
間。
カルミア:――天使に敗北は許されぬ。その先にあるのは死だ。
カルミア:とはいえ、勝利の果てに何があるというのか?
カルミア:決まっている。
カルミア:戦いだ。新たな敵。私は、脅威を打ち払う。生きておる限り――殺す。「生きている限り、勝利」などと……。
カルミア:でも。もし私があいつのように――いや、そんな志では今度こそ負けてしまう。
カルミア:気合いを入れろ。ははは、私らしくない。こんな姿、レリアには見せられぬな。それに……あいつにだって――いや、
カルミア:……そう、次こそは。次に会ったときこそは、この手で仕留めてやる。待っておれドライアン・ダラス!
カルミア:ふふふふふ、ドライアン・ダラス! ドライアン・ダラスゥーーっ!!!!
ドライアン、音もなく現れる。
ドライアン:呼んだか?
カルミア:ほぁっ!? ドライアン・ダラス?!
ドライアン:ああ、俺だが。
カルミア:貴様、どうしてこのようなところに! 事と次第によっては八つ裂き! いや今すぐこま切れだ! この世に貴様がいたという痕跡すら残ると思うなドライアン・ダラス!
ドライアン:いや、怖ぇな。というかよ、その……、
カルミア:何だ……?
ドライアン:そんな何度も名前呼ばれるの初めてだから、……なんていうか、むずがゆい。
カルミア:なっ!
間。
ドライアン:どうした? 気分でも……?
カルミア:あ、ああそうだな……! この悪魔め! 貴様の名前など口にしたせいで気分が最悪だ! ははっ! ははははは! あぁぁぁ……!
ドライアン:カルミア。
カルミア:へ?
ドライアン:カルミア・ラティフォリア。実はお前に、折り入って頼みがある。
カルミア:な、何だ急に!? 貴様の頼みなぞ――
ドライアン:突然ですまない、聞いてくれ。
カルミア:な……! いつもはこちらの都合など気に留めず一方的に話し始めるくせになんなのだ? 私は天使だぞ! 悪魔の戯言に耳を貸すと思うか?
ドライアン:天使だからこそだ!
カルミア:……貴様、しょうもない話なら本当に八つ裂きに――
ドライアン:――お前だけが頼りなんだ!
カルミア:い、一体、どうしたというのだ?
ドライアン:なぁ、天使カルミア! 頼む!
カルミア:お、落ち着くのだ、なぜ私を頼る、悪魔のお前が。
ドライアン:お前以外思い浮かばなかった! お前だけなんだ!
カルミア:わ、私だけ……?! ど、どうして?
ドライアン:お前が天使で、信頼できるやつだからだ。
カルミア:信頼?! 馬鹿を言うな! っは! 分かったぞ、いつもの軽口だ、狂言だ。油断させておいて、その隙を突くつもりであろう、卑怯者め! その手には――
ドライアン:俺はお前にだけはそんなことしない!
カルミア:へ?
ドライアン:何度剣を交えたと思う? 七十四回だ。一度として勝てていない。今となってはどんな仲間よりお前と俺は戦場で
カルミア:……! ああ、悔しいがその通りだ。この戦いを特別に思う気持ちが私に無いと言えば嘘になる。だからこそ! ならばこそ何故、貴様は今ここに現れた? 再び戦場で相見えるのが道理では無いのか? 貴様は一体私に何を願おうというのだ? 何を望み、何を叶えんとするのか? 言え、悪魔ドライアン・ダラス。あの馬鹿正直なほどに真っすぐな剣に誓って、正直に。貴様はこの天使カルミア・ラティフォリアに何を願う?
ドライアン:命を――。
間。
ドライアン:命を、救って欲しい。
カルミア:命……? ふざけるな! この期に及んで命乞いなど見損なったぞ! 一瞬でも分かり合えたと思った私が間違っておったわ! この腐れ悪魔! やはり貴様など生かしておくべきでは――
ドライアン:――お前がいないと生きていけないんだ!
カルミア:……なっ!?
間。
ドライアン:頼む。
カルミア:んあっ?! なななな、何を言っておるのだ貴様! どういうつもりだ! そそそ、それはそのつまりあの、えっと、そそそそ、そういう意味か?! とっ、とととと特別とは、まままままさか、そそそそそんな、分かっておるのか!?
ドライアン:当然だろう?
カルミア:当然って、貴様……私と貴様は殺し合うのが当然の天使と悪魔だぞ? 敵同士なのだぞ! そんなこと許されるわけがない!
ドライアン:でも、お前にしか俺は!
カルミア:わ、私は、いや私達は――そういう風に生まれ落ち、そういう風に死して果てる
ドライアン:聞いてくれカルミア!
カルミア:無理だドライアン!
ドライアン:でも俺は真剣だ!
カルミア:ば、馬鹿馬鹿しい! これ以上近付くと――斬る!
カルミア、剣を抜き放ち、ドライアンに向ける。
ドライアン:斬ってくれて構わない。
カルミア:何……?
ドライアン:けどその代わり少しでいいんだ、カルミア!
カルミア:ち、近寄るでない! 本気だぞ私は!
ドライアン:俺だって本気なんだ!
カルミア:な!?
ドライアン、カルミアに詰め寄る。
ドライアン:本気なんだよ、カルミア。
カルミア:…………っ!
ドライアン:…………。
見つめ合う二人。
カルミア:っく、わ、分かった。頼みとやら、聞こう。
ドライアン:ほ、本当か?! でもまだ俺は何も――
カルミア:みなまで言うな! 分かっておる。ドライアン。
ドライアン:カルミア……?
カルミア:今更言葉交わさずとも、貴様の考えていることなど……貴様と私、何度剣を交えたと思うておる?
ドライアン:ありがとう! その懐の広さ、女神にだって引けを取らない。いいや、寧ろお前こそ女神だ!
カルミア:めっ!? し、しかし、それは身に余る不遜な形容だ。やめて欲しい……。
ドライアン:だが俺はそれくらいお前のことを!
カルミア:だ、だとして私と貴様は対等だ。対等な天使と悪魔で好敵手。そこに上下や優劣など。いや、そんな物、あってはいけない。その関係性がどれだけ居心地の良いものであろうと、片翼だけに重荷がかかるなど、言語道断。違うか?
ドライアン:それは……! すまん。俺が間違っていた。
カルミア:っふ。構わん。しかしこれは随分(ずいぶん)険しい道だな。
ドライアン:ああ。
カルミア:よもやこのような形で
ドライアン:すまない、俺のせいで。
カルミア:ドライアン。顔を上げろ、自分の選択に自信を持て、ドライアン・ダラス。つい先刻言ったばかりだぞ?
ドライアン:そう、だったな、カルミア・ラティフォリア。たとえそれがどれだけ険しい道だろうとも俺は顔を上げる。
カルミア:ふふっ、貴様となら不思議と不安は感じない。寧ろ、希望に溢(あふ)れているほどだ。
ドライアン:それは頼もしい。お前となら乗り越えられるって信じてるぜ。
カルミア:ああ。貴様がそう言ってくれると心強い。どんな困難が待っていたとしても、乗り越えてみせよう。
ドライアン:幸せにしてくれよな。
カルミア:っふ、随分ひと任せだな。良いだろう。天使カルミア・ラティフォリア。全身全霊を以て幸せにすると誓おう。
ドライアン:ありがとう! お前がいてくれて本当に助かった!
カルミア:ふふふ、これほど心が躍ったのは初めてだ。ドライアン、これからは私と共に――
ドライアン:――じゃあウルのこと、頼んだぞ。
ドライアン、カルミアの腕の中にウルを押し付ける。
腕の中のウルと、カルミアが暫し見つめ合う。
ウル:みゃあ。
間。
ウル:みゃあ。
カルミア:…………猫?
ドライアン:ああ、可愛いだろ? ウルって名前なんだ。幸せにしてくれよな。
カルミア:ちょっと――
ドライアン:ん?
カルミア:ごめん。ちょっと、待って。いや、持っててくれ。
ドライアン:うん?
ウル:みゃあ?
カルミア、ドライアンにウルを預ける。
カルミア:……あー、……はいはい。……あー、はは、はは、成る程、あっ、あっ、あっ、そういう、あ―…………は、はははは、ははははははは! ぬぐぅ……あ、ああ、あああ、あああああ、あああああああああああああああああああああああーーーーーーーっ!
ドライアン:ど、どうしたんだよ、カルミア?!
カルミア:あああああああああああああああああああああああああ。
ドライアン:大丈夫か! しっかりしろカルミア、待ってろ、その辺でちょっと回復術使えそうな天使探して――。
カルミア:――待て!
間。
カルミア:待て。
ドライアン:カルミア?
カルミア:大丈夫だ。
ドライアン:いや、でもよ?
カルミア:大丈夫だ、問題ない。
ドライアン:けど、あんな姿のお前見たこと……。
カルミア:何でもないと言っている。ただ、少し、そうだな、うん。見たこともないほど可愛いらしい猫ちゃんの姿に少し、ほんの少し、動揺しただけだ。
ドライアン:そ、そうか?
カルミア:そう。そうなのだ。他意はない。だから気にするな。
ドライアン:ほ、ほんとか?
カルミア:……天使は、嘘を、吐かない。
ドライアン:……そうか。
カルミア:……ああ。
ドライアン:それは、そうだな!
カルミア:ああ……。
ドライアン:お前が嘘つくはず無いもんな! 疑ってすまなかった!
カルミア:ああ、うん、……そうだ気にするな。
ドライアン:頼んで、良いんだよな? お前に断られたら、こいつはもう……。
カルミア:ああ、分かっておる。心配するな。天使にお任せだ。
ドライアン:お前って、やっぱりほんとに良いやつなんだな。さすが、俺の天使様だ。
カルミア:お、俺の!?
ドライアン:ああ、俺の認めた好敵手だ。
カルミア:好敵手、あ、そっち。
ドライアン:そっちとは?
カルミア:や! て、てて、天使として当然、だ!
ドライアン:俺が言うのも何だが、七十四回も戦ってきた永遠の敵が連れてきた捨て猫の面倒を何も聞かずに見てくれるなんて、ほんと天使だな!
カルミア:う、うむ、当然だ。
ドライアン:やっぱり悪魔とは心の在り方が違うんだろうか。
カルミア:そ、そうかもな。
ドライアン:ほんとにありがとな。
カルミア:き、気にするな。
ドライアン:じゃあ、頼んだぜカルミア。あんまり長居すると他の天使に見つかるかも知れねぇから、今日のところはこの辺りで。
カルミア:き、気をつけろよ? 夜道とか背後とか。
ドライアン:おん? ははっ、そうだな! あ、またなんかあったら呼んでくれよ。あと、お前なら大丈夫だと思うけど、育て方のメモ預けとくわ。
ウル:みゃあ。
ドライアン、カルミアにウルとメモの束を手渡す。
カルミア:ああ、い、いらぬ心配だ。
ドライアン:へへ、じゃあよろしく頼んだ。ウルのこと。
カルミア:ああ……。
ドライアン:じゃあな、また、戦場で! ……ってのも味気ねぇか。んー。
間。
カルミア:ドライアン……?
ドライアン:お前と敵で本当に良かった。
カルミア:…………。
ドライアン:今度ばかりはお前との
ドライアン、去る。
カルミア:敵、か。……会えて良かった、と言って欲しかった。などと願うのもおかしな話か。
ウル:みゃあ。
カルミア:ん? ……そなた、ウルというのか?
ウル:みゃあ。
カルミア:確かに、衝撃的過ぎて
カルミア、ウルに手を伸ばす。
ウル:みゃ。
カルミア:あ。
が、指を囓られる。
カルミア:……痛い。
ウル:みゃみゃ。
更に、その手を引っ掻く。
カルミア:だ、だから、痛いのだが……。おい、ウル……?
ウル:みゃ。
カルミア:あっ。
ウル、カルミアの腕を尻尾で叩いて跳び降りる。
カルミア:……僅かな時間で傷だらけだ。こんなことで、果たして上手くやっていけるのだろうか?
ウル:みゃあ。
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