◇Phase 2◇

【帰路】


足を引きずり、雨の中を歩くドライアン。


ドライアン:ああ、っ痛ぇなぁ……。また負けちまったじゃねぇか、情けねぇ。我ながらなんて運の悪さだよ。行く先々に出やがって、あのゴリラ天使。

ドライアン:――運命さだめ、か。

ドライアン:……っは。あほらし。いつかは殺すんだ。何十回巡り会おうとそんなもんは関係ねぇ。それが宿命さだめだ。

ドライアン:にしても、痛ぇな。ほんとに手加減なんてしてんのかよ。っは。……んな訳ねぇか。所詮負け惜しみだ。まぁ、引き分けだが。

ドライアン:良くて、引き分け……か。


小さな猫〈ウル〉の鳴き声。


ウル:みゃあ。

ドライアン:んあ? 何だ――猫、か?


ドライアン、捨てられた猫を見つける。


ドライアン:おいおい、こんなところでどうしたんだよおめぇ。もしかして……捨てられたのか?

ドライアン:そいつは運が無かったな。まぁ、ひとのこと言えねぇか。そんでお前は家ねぇか?

ウル:みゃあ。

ドライアン:くははははは、傑作けっさくだ。

ウル:みゃあ。

ドライアン:お、ウケた? そいつは結構。なんだお前、案外ノリの良い猫だな。

ウル:みゃあ。

ドライアン:ふうん。こんなところで放って置かれるのもかわいそうだし、何かの縁だ、よし俺が――殺してやろう。

ウル:みゃあ。

ドライアン:待つのは救いの神か、それとも死か。どっちだって同じだよな?

ウル:みゃあ。

ドライアン:でもよ、死にかけてるわりには、良い目してるぜ、お前――天命さだめなんて逆らってやる。そんな目だ。


間。


ドライアン:……よし。気に入った。俺と来ねえか?

ウル:みゃあ。

ドライアン:即答だな。お前は今日から俺の家族だ。

ウル:みゃあ。

ドライアン:名前は……その瞳と、


雨の音。


ドライアン:雨――ウル、なんてのはどうだ?

ドライアン:嬉しそうじゃねぇか。

ウル:みゃあ。

ドライアン:……生まれてこの方、犬派だったが、猫も悪くねぇ。

ウル:みゃあ。

ドライアン:……犬? あ。ベルのこと忘れてた。おまえ、仲良くできっか?

ウル:みゃあ?

ドライアン:うーん、困ったな。

ウル:みゃあ。

ドライアン:見捨てねぇよ。一度拾った命だ、悪魔ドライアン・ダラスに二言はねぇ。

ウル:みゃあ。

ドライアン:……っても、どうすっか。代わりに誰か……へへっそれは最高に悪魔っぽいな。よし。

ウル:みゃあ。

ドライアン:――『悪魔ドライアン・ダラスの名において、我と彼の者に水晶のつるを結わえよ。信羅伝晶クォーツ・ウェイブ


電話のような発信音。


グレモリア:はい、あなたのグレモリア・グリモニーっす。

ドライアン:グレモリア、俺だ。

グレモリア:知ってますよ。今時、悪魔式通信魔法通称『アマホ』でかけてくる悪魔なんてドライ先輩くらいですからね。いい加減スマホくらい持ったらどうすか? 便利っすよ。

ドライアン:必要ない。

グレモリア:いや、こっちが不便なんでやめて欲しいんすけど。久しぶりだと頭ガンガンするんすよね、脳に直接声響くのって片頭痛持ちのあーしにはなかなか辛いものが……。

ドライアン:知らねぇよ。頭カチ割れろ。

グレモリア:ああっ! 流石先輩! 鬼畜で素敵だな~、正に悪魔の鑑! あーしの憧れっす!

ドライアン:うるせぇ、お前の声、頭キンキンするんだよ。

グレモリア:おそろいっすね。あーしら、今頭痛で繋がってるっす……ね。っは! つまり今あーしの脳は先輩の脳で、先輩の脳はあーしの脳。あーしの中に先輩がいて、先輩があーしの中に……。あーしは今、先ぱ――


ぶつっと切れる音。

間。

電話のような着信音。


ドライアン:…………こちらドライアン。

グレモリア:ちょちょちょ、切らないで下さいよ。てかあーしアマホ久しぶりにかけたっす。ウケる。

ドライアン:本当は切り、刻んでやりたいんだが。

グレモリア:是非是非刻んでください、先輩の脳に。

ドライアン:切除してぇ……。

グレモリア:切り取った脳はあーしがもらいうけるっす!

ドライアン:その粘着質、どうにかならんのか?

グレモリア:無理っすね。あーしの心はいつもドライ先輩でうるおい、渇いたドライ先輩を潤す為にヌチャってるんすよ。あーし、いつでも準備出来てますから!

ドライアン:れろ。

グレモリア:いけず。……それで何のご用すか? あの先輩が、珍しく、このあーしに。あ。ラブの告白ならこの胸の鳴りやまぬ動悸どうきに誓って慎むことなく二つ返事でオーキードーキーです。

ドライアン:違う。

グレモリア:それは残念。では、仕事の?

ドライアン:それも違う。

グレモリア:では何でしょう? 一緒に暮らそう! とか。

ドライアン:惜しいな。

グレモリア:ですよねー……ん? え、マジすか?

ドライアン:住む場所は探してる。

グレモリア:ちょちょちょちょちょ! マジすか! イェア! 来たかあーしの時代、聞いたか一緒に暮らそう、寄り添う二人、未来は今日より明るそうかおい!

ドライアン:何で韻踏んでんだよ。

グレモリア:そりゃ韻くらい踏みますよ! 先輩の地雷踏み続けたあーしはいつも思ってます。寧ろ先輩に踏まれたい。踏みしだかれたい。てか抱かれたい。是非、一つ屋根の下と言わず、一つになりましょう! やったー! 一心同体だぜ!

ドライアン:…………俺じゃ無いんだがな。

グレモリア:え? 俺じゃ無い? どういうことすか? 俺があーしで、あーしが俺で的な?

ドライアン:知らねぇけど、探してんのはウルのだよ。

ウル:みゃあ。

グレモリア:ウル? ……何すか? その猫撫で声、どこの女すか……?

ドライアン:女じゃ無くて、猫だ。今さっき拾って名付けた。ふふふ、可愛いだろ? あ、でもメスかこいつ。

ウル:みゃあ。

グレモリア:……へぇ、つまり。

ドライアン:うん?

グレモリア:どこぞのメス猫をうちに置けと先輩は仰るのですね?

ドライアン:うちにはよ、ベルがいるから飼えないんだよな。で、お前に頼もうと――

グレモリア:――すみませんが、いくら先輩のためでもそれは出来ません。

ドライアン:どうしてだ?

グレモリ’あーし、先輩にかわいがられてる生き物見ると嫉妬で殺しちゃいますから。

ドライアン:ベルに手ぇ出したらぶっ殺すからな。

グレモリア:大丈夫っす。あいつは可愛くないので。

ドライアン:あ? 可愛いわ、馬鹿野郎。地獄で一番可愛いまであるわ。目ぇ腐ってんのか。埋めて地獄の肥やしにすんぞ。

グレモリア:それでも草一つ生えねぇのが地獄クオリティっすけど。てか、地獄のケモノで一番って、世界一の料理人が丹精込めて作ったゲロ。みたいな話でしょ。それ。

ドライアン:なんだその喩え。

グレモリア:相変わらず節穴っすね先輩。恋は盲目っすか? 

ドライアン:テメェにだけは言われたかねぇよ。

グレモリア:あーしの愛は変わらず先輩以外アウトオブ眼中。君に夢中、アイウォンチューっすけど?

ドライアン:ノーセンキューだ。

グレモリア:まぁ、マジ告白という名の挨拶はさておき、先輩の寵愛を受ける機会を賜ったクソ忌々羨いまいまうらやましいその猫って、

ドライアン:クソ忌々羨ましい……?

グレモリア:ってどんな猫っすか? 教えて欲しいんすけど、今後、先輩から超、愛を受ける参考までに。

ドライアン:普通の猫だよ。

ウル:みゃあ。

グレモリア:あ、スルー。……首とか目とか尻尾が多くてイカツイ感じ?

ドライアン:いや。すげぇかわいい。

グレモリア:んー、翼とか角とか触手とか生えてる?

ドライアン:いや、ちょこんと三角の耳が二つだけ。

グレモリア:んー、皮が岩みたいに硬いとかゲル状?

ドライアン:いや、もふもふしてる。

グレモリア:んー、ドラゴンよりでかいとか。

ドライアン:いや、手に乗るくらいだ。

グレモリア:んー、牙が鋭くて凶悪な毒を持ってるとか。

ドライアン:いや、寝ぼけてしてくる甘噛みがチャーミングだ。

グレモリア:んーーーー、見たら死ぬとか。

ドライアン:いや、明日も生きようって思えてくる。

グレモリア:んー、…………普通の猫っすね。

ドライアン:そうだよ。捨て猫だ。

グレモリア:じゃあ、やっぱダメっすね。

ドライアン:どうしてだ、猫嫌いか? それとも、お前んちペット駄目か?

グレモリア:まぁ、あーしは別に好きでも嫌いでも無いんすが、ぶっちゃけ先輩以外の存在クソどうでもいいっす。

ドライアン:ぶっちゃけすぎだろ。

グレモリア:さておきあーしのそば居たらその子、多分……死ぬか魔獣になりますね。

ドライアン:マジか。

グレモリア:てか、そもそも地獄の環境に耐えられないと思います。弱いですからね、普通の生き物。先輩の頼みを断るのはマジ断腸だんちょうの思いっすけど、そういう訳であーしは、先輩のこのお願いには応えられないっす。それ以外のどんな卑猥ひわいなご期待でも二つ返事で応えられますが。寧ろ期待を遥かに超えて行けるとすら自負しますが!

ドライアン:……そっか、まぁいいや。

グレモリア:いや、ツッコんで下さいよ!

ドライアン:疲れた。

ウル:みゃあ。

ドライアン:お前も疲れたよなー

ウル:みゃあ。

ドライアン:んじゃ、切るわ、グレモリア。取り敢えずメシか……。

グレモリア:あ、待って下さいっす。

ドライアン:何だよ?

グレモリア:見つかると良いっすね、飼ってくれるやつ。

ドライアン:おう、ありがとよ。まぁ、あてが無いことも無い。

グレモリア:それは良かったっす。あ、それから――

ドライアン:何だ?

グレモリア:――愛してます。


間。


ドライアン:冗談は、よせ。

グレモリア:ええ、半分冗談っす。

ドライアン:切るぞ。


ぶつっと切れる音。


グレモリア:半分、本気っすけどね。

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