#10『レッド・アイ』

吐き気という感覚について、描写してみようと思う。


まず、胸が痛くなった。


中心部から末端に駆けて、僅かに黄色い感覚が私の脳髄を支配する。


次に、喉元がムカムカしてくる。


胃がもはや異常を知らせるのみとなり、甘い匂いが逆流してきた。


次第に立てなくなる。


立て直しが効かなくなる。


そして。


世界が、真っ黒になる錯覚を覚えた。


***

「…………」


黙ってみる。


そうすれば、何もかもが済むからだ。


今だけは。


深手を負ったモーゼも、不思議な世界に迷い込んだことも。


全部、どうでもいい。


――それは、本心なのか。


遺留した心が、叫びたがる。


欲心が死を望む。


世界が、壊れ始める。


真っ暗闇が――明けていく。


「キョウコ……」


そうだ。


キョウコの事だ。


モーゼはキョウコじゃない。


でもキョウコに似ていて、だから出会ったんだと思う。


いや、


彼女は、もしかすると被害者かもしれない。


ならば。


これは本来、私の戦いだ。


ならば。


――もう、我慢する必要はない。


***

「あ……あぁ……」


頭がズキズキする。


血が、私の視界を支配する。


それでいい。


眼は真っ赤に充血したみたいだけど、その痒みすら心地いい。


いや、全ては異物感に苛まれている。


痛い。


痛い。


頭が、痛い。


カラダが、痛い。


眼の奥が、痛い。


――心が、痛い。


「リナ……ッ!」


深手を負ったモーゼが、私に手を伸ばす。


「もう手遅れだよ、キョウコ」


モーゼの心配に、私は答えなかった。


「ここからは」


――いっしょに堕ちよう。


瞬間。


世界は、真っ赤に染まった。

***

吐き気はやがて、痛みに変貌する。


私の中のナニカが変わった。


覚醒した。


目を覚ました。


もう――憂いは無いだろう。


さらりと、ケルベロスを見据える。


武器は無い。


心もとない。


だが、それでいい。


そもそも、私の戦いに、私以外必要ないんだから……っ!


「何とかなれ――ッ!」


痛みを外に放出する。


すると、世界は少しだけ、震えた。


「リナ……その力、一体……」


「ごめんわかんない! でも痛いから……痛みが収まらないから、アイツ殺す!」


もう自分でも何を言っているのか分からなかった。


ただ唯一分かるのは、私の眼が――という事だけだった。


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