#07『回復しよう』

しばらくして。私は部屋の隅で蹲っていた。


……やらかした。


今の私にあるのは、ただの罪悪感だった。


「いや、助かったよ。どうやらここの家主は忘れ物が多いみたいだ」


言葉を発することは、できなかった。


「…………」


ダメだ。


普段通りの私。


戻ってる。


というか。


「……あの、さ。あんま気にしなくてもいいよ」


モーゼが気を使っている。


辛い。


「血が苦手ってのはよくある話だし、吐いちゃったのは事故だろう? なら、そこまで気にする理由は無いじゃないか」


「……邪魔したから」


「え?」


呆けた声で、モーゼが聞き返す。


「だから、邪魔しちゃったから。……悪いなぁ、って。いやだってさ、モーゼ一人なら脱出できたよね」


「…………」


それは。


自己否定だった。


「モーゼってすっごく強いし、たぶんあのまま戦ってたらアイツは倒せてたと思うの。けど私が邪魔して負けたってことは、十中八九私のせいじゃん。負けて、後退して、回復して。これ全部私のせいじゃん」


「それは……」


「大体、私がこんなところに居なければきっとモーゼはここに迷う事なんて無かったでしょ? それじゃあまるで、私がここにいる意味が無いみたいじゃんッ!」


叫んだ。


耳がキーンとする。


「私さ、勘違いしてた。言葉にも心にもしてない、勘違い。……主人公だと思ったんだよ。こんな変なことがあってさ。帰って話でもしたら、きっとこの話は私が主人公なんだって。……違った。私はただの無能な味方キャラで、話を転々とさせるでしかない。……じゃあ、私の価値なんて無いじゃん。勝ちなんて取れないじゃん」


ダメだ。


こうなった私はもう止められない。


自己否定の連鎖。


自分には、生まれてから何もなかった。


何かは作ろうとした。


彼女と作ろうとした。


けど。


居なくなってしまった。


いないんじゃ、つくれない。


――だから、言い訳なんだってそれが。


いや、そんな言い訳が思いつく自分が嫌だ。


イヤだ、嫌だ、厭だ。


「うーん。私からしたら、それって考えすぎかな」


定型文が、返ってきた。


――そうだよね。


だって、どんな人間にも生まれた理由があって。


どんな人生にも、価値があるんだもんね。


「私さ。自分の存在価値とか、考えたことないんだけど。けど、それを言い出したら、たぶん私の価値なんて質屋に入れてもなんにもならないと思うよ」


今。


なんて言った?


「いや、謙遜とか達観とか悟りじゃなくて、本音なんだけどね。人生って、基本無価値だからさ。あなたも、私も。生きている理由は無いし、生きていて良いことも、無いのかもしれない。でもね――」


――起きていることに、価値は重みづけできるの。


彼女の言葉が、スーッと胸に入ってきた。


「だからさ、生きることを誇るんじゃなくて、生き方を誇ろうよ。どんだけゴミクズな人生でも、在るのなら、なんかにはなるから。――嫌な言い方だけど、自分の価値を測ろうだなんて自惚れてると思うよ。生きていて誰の人生にも影響を与えないだなんて、偉そうな言葉だと思う」


それは。


肯定でも否定でもない。


簡素な言葉で言えば、優柔不断。


なんというか、あやふやな言葉だ。


けど。


モーゼは、あの日の『彼女』の様に。



それが。


なんとなく、気持ち悪かった。


「なんだよ、それ。……良しも悪しきも、生まれればオッケーって話? それじゃあ極端な話、私やあなたのせいで、生まれたモノのせいで、人が死んだらどうするのさ」


「私のせいで人が死ぬなら、そんな奴は死ねばいい」


「……ッ!」


「だって、思い当たりもなく死んでいく人に、どう罪悪感を向ければいいの? 私が殺したわけでもあるまいし。……リナ。君は、騎士って仕事を少々甘く見ている節があるね」


「何が……ッ!」


「生死論において、この場でもっとも命を取り扱っている私に話を吹っ掛けるだなんて、敗北宣言も同義でしょ」


眼が怖かった。


***

「まーでも。血が苦手ってのは、この先ちと困るかもね」


正論だった。


「――ふふり。お姉さんに任せなさい。何とかするよ」


「何とかって?」


そう言うと、モーゼは私の目の前にやってくる。


するとおもむろに鎧を脱ぎ捨てて、私に近づいてきた。


「……なに?」


それは。


あまりにも唐突な言葉だった。


「私の血、舐めなさいよ」



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