#06『傷のお話』

子供のころから、血が苦手だった。


血が大好きだなんて人は、吸血鬼でもない限り存在しないと思うんだけど。


でも、私のソレは、ちょっと異常だった。


幼少期。擦りむいた傷から血が出てくるのが嫌で、私は傷跡を抉った。


今にして思えば逆効果だというのは丸わかりだが、当時の私は砂遊びの感覚でモノを語っていた。


崩せば、なくなる。


壊せば、きえる。


見え無くなれば、見たくなければ、それは存在しない。


結果、傷跡は拡大し、より血が出てしまったのだ。


幸いにして感染症とかにはならなかったが、以来そのことがトラウマになっている。


安っぽい言い方だけど。


けど。


悲鳴はもっと、安っぽかった。


恥ずかしいから、地の文で済ませようと思う。

***

私は取り乱し、声を上げた。


「!? リナ、どうした!」


声が止まらない。


動揺が止まらない。


吐き気が止まらない。


嫌だ。


いやだ。


イヤだ。


何かが込み上げてきて――吐き出した。


「うごぉえ、ぉえ、あぐぇ……うぅ……ごぉ、うごぉ……っ!」


脳がゆらゆらする。


クラクラする。


不愉快だ。


「なにが……ッ!?」


モーゼがよそ見をした瞬間。ケルベロスは、これ見よがしに突進してきた。


「ごはぁッ!」


ちょっとだけ吹き飛ばされるモーゼ。


……私の、せいだ。


体勢を崩したモーゼを、ケルベロスは逃がさない。


急激にスピードを上げて――モーゼに嚙みついた。


「がぁッ!」


だめだ。だめだ。だめだ、だめだ、だめだ、だめだ。


私のせいで。


また怪我してる。


傷が。


広がってしまう。


ケルベロスの口元からは、モーゼの血液が流れて見えて。


私はまた吐きそうになる。


だいたいモーゼの腹のあたりに噛みついていて、背筋が凍ってしまう。


――これが、私ならと。


怖かった。


恐ろしかった。


逃げ出したかった。


けれども、彼女は逃げない。


逃れようとはしても、逃げなかった。


「くっ……舐めるなよ、魔物風情がッ!」


噛みつかれながらも、モーゼはケルベロスを蹴り飛ばし、なんとか振り払う事に成功する。


「いったん引くぞ、リナっ!」


恐怖に顔が引きつったまま。


私はモーゼに、手を引かれていた。




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