#05『血肉』

心置きなく異世界転生を楽しむという事は、どうやらできないらしい。


玄関に辿り着いた私たち。


だが。その眼前には、化け物がいたのだ。


よくある話だけど、よくない話。


「ゲルググ……」


それは、一言で言えばケルベロスだった。


二言で言えば、三つ又の犬。


何かに繋がれていたであろう鎖は、すでに嚙みちぎられた後だった。


「ねぇ、リナ。これってキミのペットだったりする?」


「さぁ……こんな暴力的なペットは飼った覚えがないなぁ……」


似たようなのは飼っていたことがある。


名前はケルベル、と言っていたっけ。


とにかく。


私たちは、大きなケルベロスに道を塞がれていた。


***

「がうぅ……ぽお゛ッ!」


二秒で飛び掛かる。ケルベロス。


なんだか急いでるようだった。


キョウコ……いやモーゼは、速やかに剣を引き抜いていた。


「下がれリナ。ああいう手合いは、私が慣れている」


ぎりぎりと。


片手剣で受け止めたモーゼは、次の瞬間にケルベロスを押し返していた。


「下がりなさい、大いなる命よ。我が騎士道に則り、貴様はこの手で打ち滅ぼす」


ひゅう。かっこいいじゃん。


ぎらり、と。モーゼは剣を構える。


どうやら、仕掛ける様だ。


その眼光に迷いはなく。


その立ち姿に憂いはなく。


その太刀筋は疑いようもない。


はずだ。


なのに。


なぜか私の中には、不安感が漂っていた。


(だめだ……)


なぜかそう考える私。


次にモーゼは、突きの構えでケルベロスに突進した。


ギラリと光る切っ先。


よく似た顔の友人は、決してこんな表情は浮かべなかっただろう。


それは、戦いを生業とする者の眼。


それは、人殺しをいとわない者の眼。


もし。


さっきの冗談が本当で、私がケルベロスの飼い主だったら。


きっとその剣は、私を貫いただろう。


死んでしまっていただろう。


殺されていただろう。


「我が師の装術を、その目に焼き付けよ。――《レーヴァテイン》ッ!」


槍の様な光が、炎を纏って突撃する。


まるで猪のようだった。


ゆらりとした焔が、ケルベロスを貫いた。


だが、そこで終われば理想だ。


現実は、ひどく悲しいものとなる。


「何ッ!」


ケルベロスは、生きていた。


かろうじて、致命傷は避けたようで。それでも体に大きく裂傷が走っていた。


ソレを見た瞬間。どくり、と心臓が鳴る。


――血。


夕焼けの教室。眠っていたはずの自分。


――肉。


あの日棄てたワタシ。あの日見なかった私。


――骨。


私は。


取り乱した。


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