第三話 禿げろ。
ご近所にご挨拶して、ウォーレン教会バラディア支部に引っ越しした母君とリオル。
物語通り、リオルが一歳になった頃合いにグランツ伯爵の使者がやってきたらしい。が、情報にあった家はもぬけの殻。
慌てて帰る使者についていってグランツ伯爵邸に行く。気配を消してこっそりと覗けば、グランツ伯爵が使者に怒鳴りつけていた。
「なんとしても探し出せ!!あの年頃にしてあれほどの髪色ということは相当な魔力量を保有しているということだ!!我が家に富をもたらしてくれる福音のようなもの!!」
「そ、それがっ、ひ、引っ越し先が教会なのです!!」
「……教会、だと…?」
「最近、教会から発表された神託をご存知でしょう?十五の齢に満たぬ者は教会で庇護を願えると!!」
「ぐっ…」
正確には『子を愛する者よ。ほんの少しでも憂慮する心があるのであれば、子を渡す選択ではなく教会の庇護を願いなさい。子が十五になり、自らの意思を示せるようになるまで教会は子を保護しよう』だ。
魔力保有量云々じゃない。子を捨てなければ生きていけない者への神託でもあり、王侯貴族からの理不尽で子を取り上げられる者への救いの手。
各国は動揺した。
今までは平民階級でも魔力保有量が高い者は王侯貴族の養子となり、彼らの政治的な駒として育てていたから。
もちろん、嬉々として渡す者もいるだろうけど、圧倒的に無理やり取り上げていったケースが多いと思うんだよね。
教会は王侯貴族からの政治的不干渉を貫いている。
純粋な寄付は受け付ける。でも、それを賄賂として受け取ることはない。便宜を図ることもない。
賄賂として受け取った神父やシスター、そして賄賂を送った者にも神罰が下るから。
ふふ。ふふふ。
引き取ったくせして教育だけ施して放置するんだから、別に無理して引き取らなくてもいいんだよ、グランパス伯爵とやら。
ほら、廊下から覗き込んでいる君の息子(リオルの義兄)が不安げにしているじゃないか。
…まあ、ある意味ゲームの義兄も被害者だよな。突然、弟だって平民を連れてこられて、しかも自分より魔力量も豊富。しかもその弟は(あまり同意したかないが)あまり評判の良くない闇属性。
父親の教育の力の入れようも弟の方が上とまでくれば、ひねくれるのも当然だ。
「ああ、あの発表さえなければ、あの子どもを養子にして我が家の地位も向上できたのかもしれないのに!」
グランパス伯爵の発言に、ぎゅ、と息子が唇を噛んで下を向いた。
やっぱり諸悪の根源はグランパス伯爵だろ。
禿げろ。
『やっちゃう?』
『やっちゃう?』
『やっちゃえ』
『同意したいけどステイステイ』
『精霊王、僕、この子と一緒にいたいな』
水属性の中級精霊のひとりが、息子を指さして宣言した。
じっと私を見て許可を求めている。
『いいよ』
ゲームではリオルを追いやるモブのひとりだけど、今はリオルに会ってすらいない。
それにこの光景を目にしちゃうとね。息子が不憫だ。
中級精霊が嬉々として息子の方に飛んでいく。あの子がいれば、あんな父親でもそんなに歪まないだろう。
……あれ、そういえば光属性の主人公もたしか平民からの引き取りだったはずだけど、どうなるんだろう。
うーん…まあ、一応覗いてくるか。
光属性の主人公アルスは、たしか男爵家に引き取られてからの名前はアルス・ヤディール。リオルが住んでいるバラディア領から北の方にある男爵領だ。
小さい領地ながらも自然豊かで、皆楽しそうに生きている地域。特に治安も悪くない。
ひょっこり顔を出せば、もうすでに邸宅内にアルスがいた。
リオルと同じよちよち歩きをしているアルスに、真っ赤な髪が特徴のヤディール家長男のディランがデレデレになりながら構っている。
「もう少し早く御神託があれば、教会に預けてアルスの選択肢を増やしてやれたのにな」
そんな声が聞こえたのでそちらに意識を向けると、ヤディール男爵夫妻が子どもたちを見守りながら、そんな雑談をしていた。
男爵の髪色は赤、夫人の髪色はブロンド。ディランの髪は父親の魔法性質を引き継いだんだな。
「良かれと思って引き取ったが、結局我々も魔力量に目が眩んだようなものだ」
「まあ、あなた。アルスの魔力量が多いと分かったのは引き取った後よ。…それに私たちは、精霊様の導きで死にかけていたあの子のところに辿り着いたのだから」
ほほぅ?新情報。
平民を貴族が養子として引き取るなんて話、大概が貴族側の勝手なんだけどアルスは精霊たちが絡んでたか。
まあ、中にはそういうのもいるよね、うん。
「導いてくれた精霊様のためにも、アルスには幸せになってほしいな」
「ええ、そうね」
微笑ましく、兄弟となったふたりを見つめる男爵夫妻。
……ああ。ゲームのリオルにもこういう存在がいてくれたなら、きっと。
でももう現実世界はウォレス様によって変わっている。
大丈夫。リオルはゲームのように苦しんだりしない。もちろん、リオルの母君と父君も。
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