第四話 我精霊王ぞ??人間の百倍は生きてるぞ???
―― 月日は流れて。
眼前にそびえるは学園の門。
ゲームの舞台である全寮制、王立ソリューズ魔法学園だ。
その名の通り魔法に関して学ぶ学園のため、魔力を有する平民も入学対象になる。
金がない平民でも魔力があり、申請が通れば国から奨学金が支給される。
その奨学金を元に制服、教材、生活費を捻出し卒業までサポートしてくれるのだ。
しかも返済なし。前世の日本にあった奨学金は、奨学金という名のローンだったよなぁ。
「メディ?どうしたの?」
「ん〜?なんでも?」
きょとんと私を見たリオル、すっかり大きくなって今は十六歳。
ゲームでは荒んだ環境ということもあって目つきも表情も悪かったけど、ここ現実世界では大変穏やかな青少年へと成長した。
サラサラな黒髪を少し伸ばして結んでる。毎朝結ってあげるのが凄く楽しみだったのに全寮制だから男女別で規則もあってこれからはそう簡単に往来できない。悲しみ。
紫紺の瞳に浮かぶ感情や表情は柔らかく、まさしくイケメンと呼ぶにふさわしい。さすが推し。
「楽しみだなぁ、メディと一緒に勉強できるの」
「私もだよ」
ニコニコと笑うリオルに心の中でサンバを踊りながら同意する。
え?なんで一緒に勉強するんだって?
だって私もここに入学するから。
対外的には魔力保有量が多く、心配された親からの依頼で教会に保護してもらった設定だ。
もちろん、リオルは私が精霊であることは知ってる…けど、上級精霊だと思われてる。
まあ、まさか精霊王が物心つく頃からキャッキャと一緒に遊んでくれてたなんて思わないよね、うん。
精霊王個人の名前なんて王族ぐらいしか知られていないけど、この学園には王族もいるので念のため「メディフェルア」からとって「メディア」と名乗っている。あ、リオルは本名知ってるよ。
学園への入学書類にも、教会に保護された魔力持ちの平民「メディア」として記載されているのだ。学園側で私のことを把握しているのは学園長のフラッグだけ。
精霊だということはバレないように魔力の流れを変えている。ウォレス様からも「人間にしか見えない」と太鼓判を押されたから問題ないでしょ。
元々闇属性の精霊なので、私の本来の髪色は漆黒。ただ、魔力保有量をある程度ごまかすためにチャコール色にしている。
私がここに入学した理由は、ただひとつ。
貴族の送迎に使用される馬車止めエリアに、一台の馬車が止まった。
装飾は低位貴族らしく、シンプルであれど使われている素材は一般的な平民には手が出しにくいものだろう。
御者がドアを開ける。まず、私たちと同じ制服を身に纏ったひとりの男子生徒が降りてきた。
目を引く赤い髪。凛々しい面立ちは少年っぽさを残しつつも、前回見たときよりもだいぶ精悍さを増していた。
続いて、キラキラと輝く美しい金髪を持った男子生徒が降りてくる。
先に降りた男子生徒と楽しげに会話する様子に、やはり愛されてきたんだなと思える。
主人公、アルス・ヤディールとその義兄、ディラン・ヤディール。
アルスがどのルートを辿るのか、私は見定めなければならない。
現実世界のリオルは貴族じゃないから当然、今は婚約者はいない。
けれどその容姿からわかるとおり、魔力保有量が豊富で成績も優秀であれば、闇属性であれ取り込みたい貴族から声がかかることがあるだろう。それにイケメンだしね。
当然、自分の陣営に取り込もうとする輩が出るだろう。
もちろん、リオルが良ければ良い。相手があんまりな場合以外は私は邪魔しない。
入学式の会場である大講堂に向かう。
そこかしこに案内する在校生がいるから助かる。まあ、ゲーム上のマップで把握してるけどね!
あちこちから向けられる視線は相変わらず闇属性への忌避感がある。
よくよく見れば、新入生の中にも闇の子たちもちらほらいるけどみんな隠れるように、早足で歩いていた。
…案内役の在校生にひとりも闇属性がいないのは、意図的だろうな。
まあこうあからさまに避けられるって分かってたら、闇の子は出さない方が無難だっていうのはわかるけど…闇属性の精霊としてはね?イラッとするというか。
「メディ。ぶすくれてると可愛くないよ」
「どうせぷにぽちゃだもん〜」
「僕は好きだけどなぁ、柔らかいの」
「二の腕もにもにしないでくれる?」
相変わらずのぽっちゃり具合だ。
しかも神様も「丸くてかわいいからそのままでいいよ」とか言うし。
…まあ、精霊として生まれた頃どころか前世からこの体格なんだけどね。生まれた体型は人間や動物と違って変えられないから、一生涯このまま。
精霊の寿命はめっちゃ長いからちょっとショックだったけど、まあもう仕方ないもんだと諦めてる。
「それはそうとメディ。僕らとの約束は覚えてる?」
「もちろん」
この学園に一緒に入学することになったとき、私は神様とリオルふたりと約束させられた。
一つ、暴走しない。神様とリオルに報告・連絡・相談すること。
一つ、ちゃんと勉強する。成績は中以上を維持すること。
一つ、精霊だとバレないようにする。(リオルには内緒だけど、特に精霊王だとかバレちゃダメだろうな)
一つ、その日の終わりに神様と会話し、一日の内容を報告すること。
…改めて挙げると多いな?
まあ、神様が一番懸念してたのが一つ目の約束だと思う。暴走したら精霊だってバレやすくなるもんね。
「…重ねて言うけど、僕を含めた闇属性の生徒は迫害対象になってる可能性が高い。メディが怒るのもわかるけど、行動を起こす前に必ず僕か神様に相談して」
「うん。分かった。なんかイラッとしたら相談する」
「よし」
……なんか、リオルの私の扱い幼子じゃない?
我精霊王ぞ??人間の百倍は生きてるぞ???
何か扱いに腑に落ちないなーと思いつつ、リオルと一緒に大講堂に足を踏み入れた。
一瞬、周囲から向けられた視線から感じた感情にイラッとしたけど、我慢我慢。
◇◇
入学式も無事に終わって、学園生活がスタート。
この時点で、すでにアルスは攻略対象者たちと接触を開始している。
このゲームは攻略対象者はかなりいるが、中でも発売後にとられたアンケートで高評価だったキャラクターが五人いる。
まずは第一王子、テオドール・グランディス。
水属性に特化しており、髪色は濃い青。瞳は王家の血を引くことを表す帝王紫。
性格は一言で言うならスパダリ。顔つきはゲームのパッケージで大きめに配置されるほどイケメン。まあ王道だよね。
次に、カリスタ公爵家令嬢、ジェーン・カリスタ。
風属性に特化しており、髪色は深緑。国内の勢力では第三位に位置づくカリスタ公爵家は数代前に王女が降嫁したこともあり、瞳は王家直系とまではいかない薄紫。
ボンッキュッボンのスタイル良し、少しキツめの顔つきだけど美人の一言。性格は穏やかで、国母に相応しいと評判だ。
次に、第三王子、フィリップ・グランディス。
火属性に特化しており、髪色は燃えるような赤。瞳は王家の血を引くことを表す帝王紫。
性格は竹を割ったようなさっぱりとした性格で、よく言う乙女ゲームの騎士団長子息のポジションだ。細マッチョ。
まあ、将来的には子がいない辺境伯に養子に出されると言われている。
次に、トルク伯爵家子息、マリオ・トルク。
光属性と水属性のハイブリットで、髪色は銀色。瞳は新緑を思わせるアップルグリーンだ。メガネっ子。
おとなしい性格で、無口。体格は私と同じぽっちゃり系で、そこから周囲からやっかみを受けることも多いからか、人気のない図書室に篭りがち。
顔つきはどちらかというと愛らしい方だ。痩せると化ける枠なので、プレイヤーは彼と仲良くなって、痩せた姿を見て関係界隈が阿鼻叫喚になったこともある。
最後に、この学園に留学中の同盟国ツェルト皇国の第四皇子、ユリウス・ツェルンガ。
褐色肌のマッチョマン。髪の色はグレー、瞳は琥珀色。
そう、このキャラクターはなんと闇属性の不憫枠だ。マッチョにも関わらず。
闇属性としてのやっかみを受けてきたからか、無口無表情が主なのでとっつきにくい。けれど一旦懐に入ることができればドロドロに甘やかしてくる溺愛系。
おい。なんで闇属性枠がリオルじゃないんだよ。まあこの子もこの子で可哀想だからちょっと気にかけてるけど。
ちなみに、この国の第二王子は攻略対象者ではない。ゲームでも現実でも、もう彼は東に数カ国先にあるオーランド帝国の王太子である第一王女エヴァンジェリンの婚約者で、彼女の王配になるために彼の国に留学中だから。
まあ、だからさ。
「……まさか高評価トップ五のキャラ全員攻略開始してるとか、ないわー」
「メディ?」
「んーん。独り言」
リオルとは同じローAクラスになったので、アルスや攻略対象者たちと接触することはないので精霊たちに報告させていたんだけど、まさか逆ハー狙い?と疑うほどの無節操さ。
貴族クラスはハイグレード、平民クラスはローグレードと呼ばれてる。
そこから更に成績別でクラスが分かれる。ローグレードの中でも上位成績であるローAクラスは、ハイBクラス相当の成績とされるため、ハイA、ハイBクラスと時々合同授業があるらしい。
そしてなんと、成績優秀者はハイAクラスに編入することが可能。
やらないけど。リオルもやる気がないみたいだ。
まあ、闇属性の子がハイAクラスに編入なんてなったら、針の筵になるのは目に見えている。
唯一の例外は、攻略対象者のユリウスだろう。彼は他国の王族だからだ。
なんでこんな闇属性にとっては悪環境なこの学園にユリウスが留学してるのかっていうと、ユリウスの故国であるツェルト皇国の方が闇属性にとって悪環境だからにほかならない。
ツェルト皇国は古来から闇属性は「裏方」「汚れ仕事をやるもの」ということで、まあ、ぶっちゃけると最下層民のような状態。これでもまだ私がプッツンした国よりはマシな方よ。一応、衣食住は保証されてるから。
でも、そんな国の皇族に闇属性の子が生まれたからさあ大変。
ユリウスの父皇は属性なんて関係ねェ!な子煩悩だった。だからまあ、近隣国でまだマシな扱いをしている
この国の貴族ですら、闇属性の子たちは小さくなりながら暮らしている。
今、この学園にいる子たちは難関と言われる入学試験を受けて突破できた子たち。でもここを成績優秀で卒業しても、下級文官・武官止まりになる。
他の属性の子たちが同じような成績を取れば、中級以上に推薦されるというのに。
それでも、入学できなかった子たちに比べればとても良い待遇だという。
ああ、うん。話が逸れた。
入学して数ヶ月経つ現在、主人公アルスは順調に五人を攻略しているようだ。
あの五人以外にも、攻略対象者はいる。実家が商家なセルビアとか、神官候補のアルフレッドとかその他子爵令息、伯爵令嬢など貴賤問わず諸々。
今じゃあ、彼らを巻き込んでハイロー両方利用できるカフェテリアで昼休みに皆、楽しく談笑しながら昼食を摂っている状況だ。この場にいないのは、集団が苦手なユリウスぐらい。
そこそこな人数なので、カフェテリアをやや占拠している状態だ。非常に邪魔である。
ゲームでは、そこにリオルが突っ込んでいく。なぜならその中に、第一王子側近でリオルの婚約者だったジャック・ビュエラ侯爵令息がいるから。
でも現実ではリオルは平民だから、ジャックとの交流は一切ない。
…ただ、リオルの代わりにジャックの婚約者になったのは、あの水の中級精霊が味方についたグランパス伯爵の息子だった。ゲームではリオルの義兄になった、ミラン。
彼は、テラスの端っこにいた。
私たちのテーブルの隣で、ひとりじっとあの集団を見つめている。
なるほど?
リオルがいないから、ミランに婚約者がスライドしたのか。
それはまあ、なんというか…ごめん。
「凄いわよね、あの集団」
仲良くなった、ローグレードのフランソワが呆れたように呟いたので彼女に視線を向ける。彼女のアッシュグレーの髪が揺れた。
その声が小さいのは、あの集団には高位貴族も含まれているため少しでも聞こえにくくするため。
「何がしたいんだろうな」
「さあ。でもわたし、あの中に混じりたいとは思えないわ」
言いながらさくり、とフランソワはパンを口にした。
私ももぐもぐと目の前の食事に集中し始める。まあ、見てたって腹は膨れないしね。
リオルはくるくるとフォークにパスタを巻き付けながら「僕も思えないよ」と小さく答えた。
関係ないもんね。
そう。私やリオルたちとは関係ない。
ミランの傍にいる水の中級精霊が助けてほしそうにこちらを見てきている。
そこは自力でなんとかしてちょーだいな。
と、無視していたらリオルが精霊に気づいちゃった。ああ……。
「…メディ」
そして私は、リオルのお願いに弱い。
こちらを見つめる彼が何を言いたいのか、リオルが赤ん坊の頃からしょっちゅう遊びに行っていた私には理解してしまう。
ムス、と口を尖らせたまま、私は答えた。
「……ゼラディール通りにある、リリーのプリン二個」
「ありがとう。一緒に食べに行こうね」
主語のないこのやり取り、最初フランソワは不思議そうにしていたけど今では慣れたものらしい。「そこに行くなら、ついでにフルーツタルトを二ピース買ってきてくれる?」とお使いを頼んできた。
まあ、行くついでだからね。いいよ。
リリーっていうお店のお菓子、おいしいもんね。
いくらでも食べられちゃう。
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