第55話 マスターとゴーレム
すでにミイラ化している、あきらかに亡くなっているだろうマスターに、ゴーレムは諦めず声をかけつづける。おそらく、ゴーレムには人に死が理解できないのかもしれない。
「ホラ、ハヤクオキロ、クソマスター」
「ねえ、君、たぶん、その人はもう死んでると思うよ」
「シンデル? ナンダソレハ」
「いや、人は命が尽きると、行動を停止するんだ。もう、君のマスターは……」
「コワレタッテコトカ?」
「そう、だからもう動くことはないんだ」
「……イヤダ、マスターウゴカナイノハ、イヤダ」
表情があるわけではないのだけど、凄く寂しそうに見えた。
「チョットマッテロ、マスターヲシュウリスル」
そう言うと、ゴーレムはチョロチョロ歩いてどこかへ向かった。僕は、ミイラ化したゴーレムのマスターに、頭を下げて敬意を示すと、寝室を少し見回った。
マスターの状況から見ると、随分と時間が経過していると思われた。しかし、部屋は綺麗にされていて、チリ一つない。おそらくあのゴーレムがまめに掃除していたと想像できる。
寝室にあるものは何気ない置物とかがあるだけだったけど、一つだけ気になるものを見つけた。それは一冊の本で、たぶん、このマスターの日記じゃないかと思った。僕はどうせ読めはしないだろうなと思いながらもその本を手に取った。
パラパラと見ると、なんとその本は日本語で書かれていてちゃんと読めた。大まかに日記を読んで、このマスターが何者か少し理解できた。
日記を読んでわかった事は、あのゴーレムの名前がゴンということ、ここはダンジョン内に作られた居住スペースだと言うこと、そして、マスターの正体はこのダンジョン管理人だと言う事だった。
ここがダンジョン管理人の居住区だということなら、もしかしたら脱出するヒントがあるかもしれない、そう思った僕はさらに日記を読みなおそうとした。しかし、そこへゴーレムのゴンが帰ってきた。ゴンは両手で球体を大事そうに持っている。
「コレデ、シュウリスル」
「それはなんだい?」
「シラン、ダケド、マスター、コレツカッテ、ドウグトカナオシテタ」
「そっか……でもたぶんそれでは人は治らないと思うよ」
そんな僕の言葉を無視して、ゴンはその球体をマスターの胸の上に置いた。そして、何かしらの操作して、それを起動した。そしてゴンは何やらブツブツと祈りのような独り言を言い始めた。
「ナオレ、ナオレ、ナオレ」
そんなので治るわけないと確信していたけど、変化は訪れた。マスターの胸の上にある球体が強く光り始めたのだ。何が起こるか見守っていたのだけど、驚くことに光から人の姿が現れた。
「オ、マスター、ナオッタカ」
起き上がるように人影が現れたので、一瞬、本当に生き返ったのかと思ったけど、それはたたの投影されたホログラムのようなものだった。ホログラムの人物はゴンを見てこう話しかけた。
「ゴン、思念体のこの私と話しているということは、私はもう死んでいるということだ」
「ダカラ、イマナオシタゾ」
「いや、自然な死と言うのはそう簡単に治るものではない。お前に人の死について教えていなかったのが悔やまれるな」
そういうマスターのホログラムの映像が少し乱れ始めた。
「ジャア、ドウヤッタラナオル」
「もう治らないだ。いいか、よく聞くんだ。これは私からの最後の指示だ。私はもうゴンと生活できない。お前はゴーレムだが、息子のように一緒に生活してきた。だから、息子として自由にこれからは生きて欲しい」
そう言い終わるとかなり強く映像にノイズが入る。もう今にも消えそうになっていた。
「ジユウニイキル……ナンダソレハ」
ジジ──「そこにゴン以外に誰かいるようだね、すまないがゴンに自由に生きるとは何か教えてあげてくれないだろうか、もう時間がないんだ、すまないが頼む」──ジジ──
「えっ! あっちょっと待って、それは困ります」
しかし、映像は乱れ、ホログラムはどんどん消えていく。
「ズズズ──もう──ザザザ──エネル──ぎ……──切れて──むす──こを──頼む」
そして完全に映像が消えてしまった。残された僕とゴンはしばらく無言でマスターの亡骸を見つめていた。
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