第11話 ランチタイム
碧が手慣れた手つきで溶いた卵を、よく熱したメスティンに流しいれる。入れた瞬間、ジュジュッといい音がして一瞬で卵が鮮やかな黄色へと変わっていった。碧は卵を焼きながら、同時に太いハムを分厚く切ったものを小さなフライパンで焼いていく。焼き色を見ながら良い加減で調整している姿は、どこかこなれているように見えるけど、本人曰く、こういうのは初めての経験だそうだ。
僕と朝陽は見張り役、ヒマリは飲み物などの用意、理央と恵麻の二人は野菜とパンを切ってサンドイッチの準備をしている。その理央たちの作業をちらっと見た朝陽が文句を言ってしまい、ひと悶着起こった。
「うげ~ トマト入れんのかよ。俺、トマト苦手なんだよな」
「アレルギーでもあるの?」
「いや、ただ味が嫌いなだけだ」
「じゃあ、問題無いわね」
さらっと理央はそう返す。思わぬ返しに憤慨した朝陽も反抗した。
「問題ないわけねえだろ! 嫌いだって言ってんじゃねえか!」
「私たちはダンジョンを探索する冒険者よ? そんな好き嫌いなんてしてる余裕あるわけないでしょ。子供じゃないんだから我慢して食べなさい!」
「冒険者だろうがシーカーだろうが嫌いなもんは嫌いだ! 断固反対するぞ!」
それでトマトを入れるかどうかの多数決をその場でとったのだけど、五対一の圧勝で、トマトは入れることになった。
「たくっ、どうしてこんなフルーツか野菜かもよくわからんもん好んで食うよな」
「遺恨は残さない」
理央が念を押すようにそう言うと、朝陽はあきらめたようにこう返した。
「はいはい、わかってますよ、文句はございません」
ランチのメニューはハムと卵、それにトマト、レタスを挟んだ具だくさんのサンドイッチと、フリーズドライのミネストローネスープと、十分に満足できる内容だった。
「いただきます!」
一斉に美味しそうなサンドイッチを食べ始めたのだけど、朝陽だけはすぐにそれを分解して、トマトを取り出す作業に取り掛かる。取り出したトマトは無言で僕の皿に追加してきた。
「トマトは栄養価も高いからちゃんと食べた方がいいよ?」
「いいんだよ、俺は、他で補ってるからよ」
「他ってなに?」
「これだ!」
そう言って自分のインベントリから何やら黒い飲み物を取り出した。
「コーヒー?」
「いや、自家製コーラだ」
「えっ!? コーラ!」
「コーラ、ヒマリも欲しい!! 頂戴、朝陽!」
「ちっ、しょうがねえな、ほら、一本だけだぞ」
「ありがとう、うわっ、キンキンに冷えてるね」
インベントリ内は腐らないだけではなく温度もキープすることができる。冷やして入れればそのままの状態で保存できるので、便利なことこのうえない。
碧、理央、恵麻の三人の力作であるサンドイッチは無茶苦茶に美味しかった。ハムと卵の焼き加減が絶妙で、さらにマヨネーズをベースにしたソースがまた食材にあっていて抜群に良い感じになっていた。
みんな美味しいと感じているのかお腹がすいていたのか、夢中でサンドイッチを食べる。さらに朝陽の自家製コーラも想像以上に美味しいようで、ヒマリのテンションが爆上がりしていた。
「絶対、通販か何かで売った方がいいよ! すごく美味しいもん!」
「売れるわけねえだろこんなもん」
「いや、ヒマリにはわかるよ、これは絶対売れるやつ!」
「売れても売らねえよ、作るの面倒くさいし、自分が飲む分だけで十分なんだよ」
「だったら今度はヒマリの分だけでも余計に作ってよ」
「たくっ、しょうがねえな、ちょっとだけだぞ」
「やったー!」
しつこいヒマリが勝利をもぎ取ったようだ。
「どうやら、モンスターの徘徊ルートかもってのも考えすぎだったみたいだな」
キョロキョロと周りを見ながら、碧が自分の意見を訂正するようにそう発言する。
「そうね、沸きも無いし、比較的安全な場所かもしれないわね」
最初は警戒していたけど、モンスターが出る様子もないのでみんなちょっと安心したようだ。
「レベル50までに上げるとしてもある程度時間がかかるだろうし、それまでここを拠点するってのはどうかな」
珍しく僕がした提案にみんな好意的な反応を示してくれた。
「そうだな、戦力が整うまでにウロウロするのも危ないからな、それがいいかもしれない」
この提案の反対者は誰もいなかった。レベル上げて強くなって、ダンジョンから脱出する。なんとも初探索とは思えないような大ミッションになってしまったけど、僕はちょっと楽しみであり、ワクワクしていた。
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