第4話 あきる野ダンジョン

「たかっ!」


値札には七万円の文字が手書きで書かれていた。思わず声に出して言ってしまったけど、店主は機嫌を悪くすることもなく冷静に説明する。


「こりゃ、レベル1から装備できる最高のナイフだぜ。レアリティもRRダブルレアで、補正が三つも付いている良品だからな。まあ、予算が足らねえんならこっちのダガーはどうだ? 力補正と、体力補正の二つが付いてる汎用品で、値段も五万と高くないぞ」


いや、五万でもちょっと予算オーバーなんだけど、できれば三万くらいで武器は購入したい。


「健太、あっちの露店に掘り出し物のメイスが売ってたぞ」

その露店で、もう装備を揃えたのか、ヘッドギア、軽量鎧一式、ロングソードを装備した碧がそう教えてくれた。


「えっ、ほんと! いくらだった?」

「二万五千円」

「ちょっと見てくる!」


非力な僕には本当はナイフやダガーのような軽量の刃物武器の方が良いと思うけど、ここは背に腹は代えられない、少し重い鈍器武器でも、メイスくらいならなんとか扱えるだろうと露店に向かった。


確かに二万五千円でメイスが売っていた。しかもレアリティはRレアと文句はない。補正も二つ付いてるようだし、補正次第では購入しようと店主に尋ねた。


「そのメイスかい、補正はドロップ率上昇と、レアドロップの品質アップだな、ちょっとゴミスキルだし、あれだったら一万にまけるぞ」


確かにあまり良いスキルじゃないようだけど、一万でRの武器が買えるなら安いと思う。とりあえずはこの武器でいいかと、購入を決めた。


武器を安く買えたので、防具として、レアリティRRのヘッドバンドを購入した。防御値は5と低いけど、補正が三つも付いた良品で、これ一つで火耐性、物理耐性、それに体力まで上げてくれる頼りになる装備だった。


「鎧は買わないのか?」

「やっぱり鎧は高くて……お金が溜まったら買うことにしたよ」

「まあ、買わなくてもドロップすることもあるからな、それまでそれで頑張るってのもありだろうよ」



あきる野ダンジョンは初心者から、安全を第一に考える慎重派PTからも人気のダンジョンだ。それなりに賑わっており、ダンジョン入り口のゲートは入場待ちのシーカーで混みあっていた。


そんな混雑の中、俺たちもダンジョンへ入る為に順番待ちをしていた。すると、周りがざわつき始め、こんな会話が聞こえてきた。


「見ろ、ありゃ、噂のSランクの新人PTだぜ」

「ほんとだ、全員、Sランクジョブなんだろ、すげーな、そんな連中が六人も揃うなんてよ」


Sランクジョブへの覚醒比率は0.02%と言われている。東京の人口が1000万ほどだとして、2000人ほどしか存在しないことになる。そのうち何人がシーカーになっているかしらないけど、六人が同じPT編成会場で会うってのは凄い確率だと思う。


「それにしても現実的に全員Sランクなんてありえるのか?」

「噂ではどこかの企業が裏で手を引いて、Sランクを集めたって噂があるがな、どっちにしろ俺たち凡人PTからしたら雲の上の話で関係ないね」


確かに全員SランクのPTなんてものは、ダンジョン産資源が経済活動の中心となっている今の東京の現状から、その価値は計り知れない。企業が何かしらの思惑に利用しようと考えてもおかしくはない。


凄いことに、ダンジョンの入りの順番待ちしている連中が何も言われていないのに、SランクPTが通ると自然と道を譲り、順番待ちすることもなく彼らはダンジョンの入口へと向かった。


だけど中には空気の読めない人間もいる。SランクPTの進行方向を塞ぐように二人の男たちが立ちふさがった。しかもその二人は見知った人物だった。


「碧、朝陽、ちょっと、邪魔になってるよ」

僕がそう伝えたのだが、二人はきょとんとしてどこうとしない。


「どうして俺たちがどかないといけねえんだよ?」

「そうだ、この件に関しては朝陽の言うとおりだ。俺たちの方が先にきてんだ。Sランクだろうがなんだろうが、ちゃんと後ろに並ばないとダメだろ」

「まあ……確かにそうだけど……なんというか、場の空気ってのがあるだろ?」

「空気なんて、そんな曖昧なもんは俺には見えねえ!」


そんな不毛なやり取りを止めるように、SランクPTの一人が声をかけてきた。


「その人たちの言う通りよ。こちらは別に順番を譲ってほしいなんて思ってないわ、ちゃんと後ろに並ぶから気にしないでいいわよ」


そのSランクの女の人は無茶苦茶綺麗な人だった。長いストレートの黒髪に、切れの良い輪郭に少し厚みのある唇、瞳は大きくつぶらだ。恰好から魔法職のように見えるが詳細はわからない。


「何言ってんだ、すい、俺たちは特別なんだぞ、ちんたら凡人と同じように並ぶ必要なんてねえだろ。さっさと前いこうぜ」


同じSランクPTでも考え方が違うようで、戦士風の男が翠と呼ばれた女性に文句を言う。

「特別? ただたまたま初期の戦闘ランクが高かっただけでしょ? 特別扱いして欲しいなら、実績と功績を重ねて誰からも認められるようになってからでも遅くはないんじゃないかしら」


戦士風のSランクシーカーとは別に、高そうな軽装鎧を装備した男が翠にこう言い返した。


「初期の戦闘ランクの高さがもう特別ってことなんだよ。神に選ばれた人間、Sランクの俺たちを、そう呼ぶやつらもいるくらいだぜ」

「神ね……そんなもの存在するなら、東京をどうしてこんなふざけた世界にしたか聞いてみたいわ」


結局、SランクPTは翠の意見を尊重してか順番を待つことにしたようで、僕たちの後ろで待機した。しかし、納得はしていないようで、翠以外のメンバーとうちのPTの碧と朝陽はずっと睨み合いを続けていた。

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