藍色の月 第三十三章 恋の終わりに…

「ねぇ、お願いがあるの」

「なぁに?」

「あの頃みたいに、座って話そうよ」


 あの頃みたいにとは……背中合わせに寄り添い床に座り、お互いを座椅子のように……めぐみさんは、そうして過ごすのが好きだった。もちろん僕も。


 この夜……いや、もう朝近くだが……初めて、二人でベッドから降りる。

 微笑みを取り戻した彼女の瞳は、逃避行からの不時着が完了するまで、僕を優しく見守る。

 何から何までお見通しな上で操縦桿を渡され……最終的には彼女の思惑通り、不時着は……完了したんだ。


 服を着け……恐らく二人とも我慢していたであろうトイレへ順番に行き……そして、背中合わせに座る。


「少し安心したわ。結構まともなのね」

「まともって?」

「同級生だって……クスッ。まぁいいわ。ごめんね、わかったような言い方して」


 「ような」じゃなくて……ホントは全部、わかってるくせに。


「でも多分……なんだけどね……わかるの。キミのことなら、ほとんど全部」


 やっぱり。


「だから心配。だってキミ、バカ正直というか、無防備過ぎというか……」

「だって……駆け引きとかできないんだもん」


 さっきの……「待ってる」だって、嘘じゃないもん。こじれるから、もう言わないけど。


「好きだったわ、そんなトコも含めてね。だからやっぱり心配。大丈夫かなぁ……騙されないでよ、ヘンな女に。それだけが心残り」

「そんなに心配なら、スーツケースにでも入れてってよ」

「それはいいけどさ……ロス空港で強制送還よ。その時に泣いても、助けてあげないから」

「どうかなぁ? 強制送還、僕だけで済むの? なんてったって、共犯者ですから」

「もぉ! 悪い卒業生ね!」

「じゃ、やっぱり迷惑なんで、スーツケースはやめとくよ。めぐみさんの夢へのステップの、邪魔にならないように」

「そっかぁ……連れて行くなんて発想、さすがに思い付かなかったわ。そうねぇ……」


 そう言いながら、こちらを向くめぐみさん。

 あ……何かを狙うその目……危ないなぁ。


「また……なに考えんの?」

「んー? とっても……悪いこと」

「今度こそ……誘拐犯にされちゃうよ」

「やっぱ……無理か……」

「無理です……」


 二人の間に……またも諦めが醸し出した沈黙が流れる。


 あと少しで……時間か。その悪巧みが決して実行できない……場所がっこうへ行かなきゃならない時間。


「心配しなくても、時計くらい私も見てるわよ」


 ごめん、めぐみさん……またわかっちゃったのか。


「もっと駄々こねるかと思ったわ。やっぱりキミ、素直だね」

「そう? 一晩中……散々駄々こねて困らせたでしょ? 叱られたし」

「叱られて……困らせたのは私もね。で、最後……犯されたし!」

「あ……さっきは押し倒したりして……ごめんなさい。もうしません」

「もうしませんて……アハ! 時間気にしてる人が、押し倒さないバージョンのなら、もう一度してくれるの? また服脱ぐ?」


「めぐみさん……もう僕、卒業……」

「そう……だったわね……」


 静かに……またも水面下で……甘く、静かに傷付く二人の心。


 ただ……この時のめぐみさんの積極さは、またも暴走を始めていた訳では決してなかったのだと……このあとの彼女からの『最後の話』にて、明らかになる。


 それでも笑顔で続けてくれるめぐみさん。


「アハ! はしたないこと言って……ごめんね」

「はしたないのは僕も……共犯者ですから」

「もぉ……国際犯罪組織めぐみ一家は解散よ!」

「二人しかいないで一家って……しかも国際って、上馬と広尾と恵比寿だけで?」

「ごめんね。もっと二人で、いろんなトコ行きたかったね」


 また……その角度でその顔する。


「あの……ごめん。そんなつもりで言ったんじゃなくて……」


 その時の僕には見えた気がした。彼女が精一杯見せてくれる笑顔の裏側が。


 確かに……最後にやっと辿り着いたのは、穏やかな二人の時間。しかしこのあとだった。女性の表情の……刹那の『美しさ』と『恐ろしさ』を知ったのは。

 そしてその『切なさ』を深めたのは……めぐみさんの、次の台詞……以降だった。


「私は……そんなつもりで言ったのよ……」


 そんな……もう一度、僕を追い詰めたいの?

 そう思いたくなるような……憂いを隠さない瞳。


 のみならず、めぐみさんからは最後に……僕へ伝えておきたいと言う『最後の話』が始まる。


 まさか……まさかそんなことが……。

 しかもそれは……12月のあの夜の時点から……仕込まれていただなんて……。




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