藍色の月 第三十章 彼女の懺悔譚

 あの頃、めぐみさんから言われた……「そう。余計なことよ」を思い出した僕の決意は……口に出さずとも、彼女には伝わったようだった。

 黙って聞くと……固めた決意と覚悟の下、まだ泣き止まぬままに始まる彼女の懺悔譚。


「今朝ね……キミに電話を架けた時点で、自分がなにしてるのか……わかってた。時間が取れる日は今日しかなかったから……今日、キミに謝らなきゃいけないんだ……なんて自分に言い訳して、また……傷を深めるかもしれないのに」


 今なら僕にも見えるよ。めぐみさんが隠していた、刺し違えた深い傷。貴女が罪悪感から解放されるためならば……僕はまた何度でも傷付く覚悟です。


「逢わなきゃ謝れないし……でも、逢っちゃったら私キミに……キミにまた同じ思いをさせちゃうだろうって……それもわかってた。」


 いいんだ……もうわかったから。傷付いたのは僕だけじゃなく、めぐみさんはきっと、それ以上に……。


「だからお買い物の時も、あんなにエラソーにこき使って……ごめんね。でもキミは、怒って帰るどころか……最後まで付き合ってくれたの」


 あの時点で……もう試されていたのか。


「この部屋に上がってもらえて、上馬のあの頃を思い出したわ。懐かしくて、嬉しくて……でも、もう後戻りできないんだって自覚したら急に、時間が経つのが……明日が怖くなっちゃった」


 そうだったんだ……明日への恐れは、二人とも一緒だったのか。しかも、その不安を感じ始めていたのは……めぐみさんの方が遥かに先だったのか。目ヂカラが持続せず、すぐに切なそうな表情に変わっていたのも……それでだったんだね。


「全部わかってて……計画的犯行だよね」


 あの時……「今夜こそ、私は犯罪者」とか「これでキミも……共犯者だからね」と言っていたのも、この僕に共犯者になって欲しかったのか。なのに僕ときたら、あんなふざけた突っ込みを入れてしまって……それでも、それに合わせてくれた、優しいめぐみさん。


 こんな僕に、こんなに素敵な時間を……そこまで用意周到に仕掛けてくれた嬉しさと同時に、自分の幼さが彼女を追い詰めてしまった申し訳なさが込み上げる。


「計画通りキミに謝って、計画通りキミを失うはずだった。でも途中から、余りにも計画通りに進んでいるのが怖くなって……このまま計画通り、今度も……またキミを……傷つけちゃうのかなぁって……」


 黙って聞くと決めたにも拘わらず、ここでつい口を挟んでしまった。


「めぐみさんのせいじゃないよ。僕、また待ってるからさ」


 間髪を入れず首を振るめぐみさん。


「ダメよ! ダメ……絶対ダメ。そんなことじゃないの!」

「そんなことって?」

「もうすぐ私のれいくんじゃなくなるのよ。キミの人生……キミの時間なんだから……私のじゃないの!」

「めぐみさんも……僕のめぐみさんじゃなくなるの?」

「私は……ずっと、キミのでいいわ。その代わり……わかって……」

「僕のめぐみさんなのに……待ってちゃいけないの?」


 まだ……わからない僕。それには答えず、続ける彼女。


「キミに逢えない、この何ヶ月間でね……何人かの男が言い寄ってきた。本気っぽい男もいたけど……結局は、自分の色に私を染めようとしていたのがわかっちゃって……それ以上は進めなかった」

「……」

「そのうち、まるで私が女優になっちゃいけないような……そんなことを遠回しに言うようになったの。でもキミは、そんなことしなかった。あの頃も……今も……」

「……」

「前からわかってたよ。キミは私のこと、本気で応援してくれているんだって。そして本気で私のこと、愛してくれて……なのに、なのに……ごめんね……」


 それは……明日からも変わらないつもりです。


「私ってサイテー。そんなキミの都合のいいトコだけもらって……本当に大切な……キミの気持ちには応えてあげられないで……」


 そんな風に自分を責めているめぐみさんを、やはりそのままにしておけず……またつい口を挟む。


「そんなことないよ! 今夜だって、いっぱい応えてくれた! めぐみさんにまた逢えたこと自体、こんな……こんな夜になるだなんて、夢のようだよ!」

「だから! 夜が明けたら……夢に……なっちゃうのよ……」


 あ……そうだった。大切なめぐみさんの『夢』以外はカボチャに戻そうと……言ったのは僕の方だった。


「もうこれ以上、私のワガママで……キミのこと穢しちゃうのは堪えられないの……」

「穢したりなんか……してない。汚れてなんか……いないよ」

「なら……そのまま、綺麗なままでいなさい! わかって……」


 また当分お別れなのは仕方ない。だからまた、待ってる。それだけの事が、何がどういけないのかがわからない17歳。しかし彼女からすれば『それだけの』単純な事ではなかった……そこへ未だ辿り着けない僕。


「これが……結論よ。私のこと……許さないで」


 え? なに? わかんない。めぐみさん……さっきから「許してくれるよね」と言ったり「許さないで」と言ったり、矛盾してるよ。

 特にその「許さないで」は……そんなこと、時系列的にも、もうできない。だって、今朝の電話で声を聞いた時点で許してしまっていたし……そもそも今まで、そして今日、今夜、明日から……許せない気持ちなど微塵もないし。


 めぐみさんの望む通りにする事で、彼女が罪悪感から解放されるなら、何でもする覚悟ではいた。それでも、黙っていられなかった。


「めぐみさん……僕、始めからそのぉ……許すも許さないも……ないんだ。だから、待ってる」

「れいくん……ダメよ。今日みたいな巡り会わせの日が、いつまた来るかわからないのに、そんなの待ってちゃいけないの。そんな女をいつまでも想って待っててなんて……私にはキミの時間は奪えない!」

「言われなくても待ってるとしたら?」

「ばか……ダメって言ったでしょ。キミは……私を甘やかしちゃいけないのよ」


 その言葉の真意が、その時はきちんと理解できていなかったのは、やはり17歳の幼さだったのだろうか。

 その幼さのまま、理解できていないまま……勝手な質問を始めてしまう僕。


「めぐみさん……僕も一つだけ、はっきり聞いていないことがあるよ」

「うん……何でも……答えるから」

「理由……今度も女優さん、忙しくなるの?」


 唇を噛み締めたまま、改めて僕の胸に額を押し当て……ボソッと呟くめぐみさん。

















「ロス……アンジェルス……」

「へ⁉」



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