藍色の月 第二十八章 碧い夢たち…抱きしめて
「夜中に……なってもいいって、言ってたよね?」
「うん……」
「夜中に……なっちゃったんだよ。おうちの人は……大丈夫?」
「うん……」
「今夜は……いいの? 私、今度は誘拐犯に……ならない?」
「うん……」
生返事しているつもりはなかったが、放心状態に近かった。
午前中の突然の電話……一切想定もしていなかっためぐみさんとの再会。
そして……またもこんな風になってしまった展開を……全く期待していなかったと言えば、嘘になる。
少し呆れた様子のめぐみさん。
「もぉ。明日のヴァイオレット・ムーンなんだけどね……」
「えっ? ああ……うん。もう……どうでもいい……」
「もぉ……やっぱり明日、ダグにそう言っておく」
「めぐみさん……ヴァイオレット・ムーンの話は……しないで。明日の話も……しないで……」
「あ……ごめんね。冗談よ」
そう言いながら、またそっと抱きしめてくれる。永遠に明日を迎えなくても済むような……そんな錯覚に陥れた。
「今は……めぐみさんのことだけ考えたい。他のことに……頭も躰も使いたくない」
「れいくん……」
だから……僕にも抱きしめさせて。なんて……華奢な肩……細い腰。
そして……何故……どうしてそんなに、切ない表情で見つめるの……?
「ちゃんと聞くのが怖いのね」と言う彼女の指摘は全くその通りであり……「本題は後にしてあげる」と言う彼女の言葉に甘え続けるしかなかった。
愛おしくて、失いたくなくて……抱き合うことで温めるしかなかった、凍えそうな二人の愛の儚さ。抱きしめれば抱きしめるほど、一層予感されてしまう不安。そんな不安が、切なさが……強ければ強いほど、燃え上がる想い。
そして……幾度でも硬く湧き上がるこの『力』は、いったい何?
再び離れた唇から語られる『本題』が……遂に始まってしまうのを阻止するかのように、何度も……何度も抱きしめ続け、一つになれば……二人を引き裂く『明日』は来ない……そう……思いたかったんだ。
◇◇◇◇◇◇
何時になったのだろう? 二人はほぼ同時に目を覚ました。眠ってしまったのか……そのお蔭か、少し落ち着きも取り戻し、怖いけどやっぱり『話』だってしたかった。
どこか満足げな様子で話し始めためぐみさん。
「私ね……今日、今夜までに望んでいたこと、ほとんど全部叶っちゃったんだ」
「ほとんど……全部?」
「そう。キミに逢えたしぃ、一緒にお買い物も行けたしぃ、久しぶりにお料理食べてもらえたしぃ……」
数える指の一本一本……まるで各々の出来事を慈しむように折ってゆく、可愛いめぐみさん。
「それと……これも久しぶりだったけど、キミと……全部言わせる気?」
「いや……そ、それは言わなくて……いいです」
「あ! そう言えば遊園地……行けなかったね」
そうだった。1月の成人式の祭日に、一緒に行く約束していたんだった。
そんなに唇とんがらせなくたって……それはめぐみさんがいなくなるから……あ、いえなんでもありません。
「1月はめぐみさん、忙しかったんでしょ。それよりワイン、ホントにありがとう」
「それも! 約束だったもんね。あと……あのパジャマも照明も、キミが今もちゃんと大切に使ってくれているって聞いて……」
「それは……僕だって嬉しかったよ」
こんなにも無防備な笑顔を見せてくれる目の前の……否、距離0センチのめぐみさん。笑顔も無防備……心も無防備……少なくともその時の僕にはそう見えたんだ。
「あと……キミが今も、私のこと応援してくれてるってわかって……」
「それは……前からそうだったでしょ」
「そうね。あの頃は、何かと言葉が足りなかったわね、お互いに。今日って二人とも、よく喋るねぇ」
「しかも……今日の僕って生意気なんでしょ? 悪かったね」
「いいのよ。成長したね。心も……躰もね!」
「ありがと……」
「それと……本当にありがとう、叱ってくれて。嬉しかったよ」
「じゃあ、次はどのネタで叱ろうかなぁ?」
「もぉ! 今、こうしていられるのが一番嬉しかったのに! やっぱりその生意気な口、塞いでやる!」
まるで映画の様な台詞をサラっと言いのけ、平気で実行に移す彼女に、僕もだいぶ調子を合わせられるようになっていた。
「はいは~い、生意気に成長した躰も塞いで下さ~い」
「あ~生意気! 『はい』は一回でいいの!」
夜の出口を唇で塞ぐように……心と躰と、すべてを決して離さず……『今夜』という『永遠』を手に入れた錯覚に陥れる……甘い時間はまた始まり、終わりたくない『二人』を……お互いきつく抱きしめ離さない。
『ひとしきり』の『永遠』が終われば……また『言葉』という『覚悟』が再開されるが……逃避行は……まだ続く。
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