藍色の月 第二十七章 泉水に…散る桜

 この部屋の空間……二人を包むこの空気は、やはり全てがめぐみさんの支配下だった。彼女の台詞や表情一つで全てを操る事ができたのは、12月のあの頃と変わらなかった。


 違う点といえば、4ヶ月半という彼女の知らない時間。それは……成長、それとも背伸び? 余裕、それとも強がり?

 それでも……何枚も上手の彼女に逆らえるはずもなく、その日も彼女の手の平の上。そしてその夜も……一緒に……ベッドの上。






 長い……長いキスから、やっと普通に呼吸ができるようになり……気が付くと、自分が上になっていた。ただそれだけの事で、何を勘違いしたのか? 余裕ありげな台詞を言い出す僕。


「さっき……襲わないから大丈夫って、言ってなかったっけ?」

「襲って……もらわないとは言ってないわ」


 と、言い終えるか否かのうちに、またもグイっと引き寄せられ……僕の方が上になっているというのに、されるがまま。


 ただ……自分でもわかってきたのは、12月の時と明らかな違い。精神的な余裕も、躰の感覚も……と、言ったところで……もう、蕩けそう……。





 やっとまた一旦、唇を離す。見つめ合う瞳で、互いの想いを確かめ合うのが目的であるかのように。


 今度こそ自分から……と、急降下爆撃を開始したその時……彼女の弾幕に機体が捕らえられた。

 それは、顎の下へ突き上げられた親指の銃口。一瞬、その時の感覚が甦りビクっとしたが……


 何か……お気に召しませんか?


「見て……」


 更にグイっと顎を突き上げられると……


「枕元よ。右側……被せてあるスカーフ、外して」


 確かに枕元には、埃避けのようにかけてあるヘルメスの下に『それ』は置いてあった。言われるままに、ベールを剥いで現れたそれは……12月のあの誕生日の夜、僕が贈った小さな室内照明。


「あれからずっと、使ってるのよ」


 あ、これ……ずっと使ってくれていたなんて……感激で言葉が出なかった。


「点けてね……」

「うん……」


 点灯……と同時に彼女は、枕元にあったリモコンで部屋の照明を落とした。


「私が……あげたのは?」

「ちゃんと……使ってるよ」

「ホントに? ありがとう」

「うん……」

「明かりは、一つしかないし……」

「うん……」

「キミも……一人しか……いないからね」

「めぐみさんも……一人しかいないよ」


 小さな明かりに……祝福されるように蕩けてゆく二人。その小さな小さな照明の、あくまでも控えめな明かりが……部屋の暗闇を吸い込み、そして輝き出すように……僕のすべてを包み込み、吸い込み……愛おしさを確かめるほどに輝きを増す彼女のその美しさは……今、彼女の中へ再び舞い戻った少年だけに捧げられた。


 再び訪れた彼女の泉水に、覚えはあっても慣れは無く……キスだけであんなに蕩けてしまったというのに……またも迎えられるだなんて……と、改めて覚悟を決める武者震い。

 それでも……上になったというだけで、12月のあの夜と攻守逆転しているなんて……とんだ思い違いだった。


 ラインぎりぎりに滑り込んだそこは、既に彼女の統制下エリア。弾幕の隙間はわざと大きく開かれ、巧妙に仕掛けられた罠の入り口へ。迷わず突入するも……二度と戻れない迷路へと誘い込まれるまま、次々とトラップにかかり……更に奥へと引き込まれる。


 そして無情にも……飛び散った残骸だけが……彼女の泉水に……散る桜。


 こうして二人は……泉水に影を揺蕩わせた、藍色の月へと旅立った。

 願わくば、永遠に終わらないと信じたい……藍色の逃避行へと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る