藍色の月 第二十一章 素敵だよね 僕にみせてよ

 約4ヶ月半ぶりの、めぐみさんからの電話……

「いつも突然で……ごめんね……」

 このひと言で……僕の中の『約4ヶ月半』は、すべてが清算されてしまったんだ。


 広尾のオープンカフェで待っていると言うめぐみさんを目指して、僕の心は完全に無防備に浮き足立っていた。

 恵比寿までならバスで行こうかと思ったが、広尾なら都立大学から東横線……中目黒で日比谷線に乗り換えて、恵比寿を過ぎて次の駅。


 5月半ばでも、初夏の陽気。昼が近づくに連れ、気温も上がって来た!

 吹き抜ける風の中に含まれる熱気を感じるのは、季節のせいだけではないのだろう。この風が、貴女を運んで来てくれた……そんな運命を感じるような、爽やかな空気だった。


 しかし、なぜこんなにワクワクしていられるのか? 都子との恋が完全に終った後に、心に決めた……

「しばらくはもう誰も好きにならない」


「しばらく」がいつまでなのかは決めていなかった。だがそれはきっと、自分が自分を許せた時だったのだろう。

 めぐみさんからの電話と聞いて、最初狼狽気味だったが……ものの数分で、もう彼女の手のひらの上だった。

 そうか……素直に彼女の手のひらへと舞い降りた、あの時が解禁だったんだ。


『お買い物に付き合う』という大義名分のもと、逢う目的は、逢う事……それしか考えていなかった。逢えるという、それだけでただ嬉しくて……その日に何が起きるかなんて、全く意識していなかった。

 結局は、めぐみさんを好きな気持ちが甦るのを抑えられなかったんだ。だから……たった一本の電話の、たった数分の会話で……こんなにも大きく揺れる想い。


 たったそれだけの事で、無節操じゃないか……なんて、もう考えない。そんな規範意識との葛藤は、11月~12月に散々悩んだ事。もう繰り返さない。素直に、また好きになればいいんだ。手の平の上だって、いいじゃないか。

 もうわかった。僕が好きになる人は、僕をいいようにコントロールしてくれる、そんなタイプなんだ、きっとね。


 地下鉄の風に背中を押されるように階段を駆け上がる。目の前に広がる広尾の街は、より一層眩しく輝いて見えた。

 季節と時刻から考えれば当然? 地下から上がってきたから当たり前? いや……きっとそれだけではない心の煌めきを、街が鮮やかに映し出してくれているからなのだろう。


 出口からすぐの角を左……有栖川公園方向へ。待ち合わせ場所のオープンカフェ“エスプレッソ”の、表から一番目立つ席に、こちらを向いて微笑んでいる女性は……冬の彼女しか知らない僕が、初めて逢う春の……否、もう初夏のめぐみさん。更に髪の伸びためぐみさん……一層綺麗になっていためぐみさん。


 お久しぶり……また……逢えたんだね。これが目の前の現実だなんて、信じられないよ!


 因みに、その日の僕の出で立ちは……ピンクパンツァーのイラストの白いTシャツに、ウッドランドパターンの迷彩パンツ。レプリカではなくリアル米軍の本物とはいえ、そんな軍装のグレードは判る人にしか判らない。つまり、全くオシャレとは言えない、素のままの格好で来てしまったんだ。急いで出て来たのもあったが、それよりも、わざわざ着飾る気にもならなかった。背伸びしたくもなかったし。

 そんな僕に対し、数ヶ月ぶりに逢うめぐみさん……綺麗……。


 ゆっくりと立ち上がる彼女。ノースリーブの白いワンピースが眩しく輝きを増す。

 比例するように一層増して行くときめき……一歩、また一歩と近付いて行く心と心。

 あと数歩……というところで、誰かが彼女を遮るようにフレームイン……そしてすぐに立ち去った後には、彼が置いていった新しいグラスが一つ。

 まるで僕の現れるタイミングがわかっていたかのように、オーダーしてくれたアイスティー。

 外したサングラスをテーブルへ置いたその手で、氷に満たされたグラスを持ち上げ、僕に渡してくれる。


「はい、キミの分。暑かったでしょ。紅茶、好きだったよね?」


 胸の中にある「ありがとう」が、固まってしまい出て来ない。どうしよう? 表情は嬉しさでにこやかなのは、自分でもわかっていたが……声が……出ない。

 緊張はすぐに彼女にも伝わった。


「おっかしい! なにそれ! 先ず、飲んで落ち着きなよ」


 いつも笑顔で緊張をほぐしてくれた、その台詞に懐かしさが込み上げたその時……めぐみさんとの再会を改めて、強く実感したんだ。



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