藍色の月 第十八章 あなたに出逢うまでの試練

 翌日は、沙汰を待つ罪人の心境……自主的に謹慎して、都子からの連絡を待っていた。


 電話が鳴る音に続いて、母が呼んでいる。

「電話よー。都子ちゃん……」

 ん? もう大丈夫なのか?

「……の、お父さんから」


 うわぁ、来たなぁ。叱られるのかな……当然だよね。

 しかし、叱られるだけで済んだのなら、そんな幸せはなかった。


 話はこうだった。

 ・君には期待していたが、今回の事は非常に残念だ。

 ・しかし、小さい子供ではないのだから迷惑をかけた方への筋は通せ。都子に菓子折りを持たせた。昨夜の店に、今夜二人でお詫びに行って来なさい。

 ・今夜その用件で会うのを最後に、今後私の許可があるまで都子と会う事は禁止。


 本当に信頼してくれていた都子のお父さん。その信頼を、都子から聞かされたその日その夜に裏切ってしまった僕。

 それまで彼女に蓄積させてしまった不安……それらを事前に払拭してあげられなかったばかりか、スコッチの酔いに任せて、あんな風に爆発させてしまった……途中で止めてあげる事もできずに……。

 全部……全部が僕のせいだった。


「聞いてるのか?」

「はい、すみません。あの……会えないのだけは、どうか許して下さい」

「君だけが悪いんじゃないのはわかっているよ。だが厳しいかもしれないが、父親としての心境ってものがあるんだ。君もいずれ将来わかるだろうが」


 何も言えず、心の中で……

 お父さん、それは違います。僕が……悪いんです……全部。


「わかったね」

 念を押すお父さんに、僕は何も言えず……それを察してか、返事をしなかった事は咎めずに話を進める。

「後で都子にも電話させるから、相談してちゃんと行くように。じゃ」

「はい……失礼します」


 最後の挨拶だけ、力無く応え……電話を切った。都子に……今夜最後に会わせてもらえるのは、情状酌量?

『以降は当分逢えない』という、あまりに急な展開に……リアリティが持てずにいた。


 そのあと都子から電話……日吉駅前で待ち合わせ。

 前夜のように手を振る事もなく……お店に渡す品であろう、白い紙袋を下げて俯いている。


 顔を会わせて早々、ほぼ同時に口を開いた。

「あの……ごめんね」……「昨夜はごめんなさい」

 と、少し笑ったが…それが苦笑いな事は、お互いが気付いていた。


「もう具合は大丈夫なの?」

「うん、平気。本当に……ごめんなさい」


 前夜と同じように、寄り添って歩くブラック・ナイトまでの道。しかし、表情は前夜とは正反対だった。それは二人とも、同じ事をお父さんから言われていたから。

 余程不安なんだな。そんな時は、腕がちぎれそうなほど、痛いくらい強くしがみ付いて来る。


「許してね」

「ううん……だって、悪いのは僕だし」

「違うの。私また、お父さんに……言っちゃったんだ」

「? なんて?」

「れいくんの……お嫁さんになるんだって」

「えっ⁉」

 更にリアリティの無い発言に、一瞬わけがわからなかった。


 都子の説明は続く。

「最初はね……別にそんな話じゃなかったの。私、キミに約束したでしょ? 突然目の前からいなくなったりしないって。キミも私に約束してくれた。ずっと一緒だって……守ってくれるって。だからお父さんにも、互いに確かめ合った、その約束のことを伝えたの。そして謝って、今回のことを許してもらおうと……そしたらお父さん……『嫁にでも行くつもりか!』って怒るから、だからつい……『そのつもりよ! 真面目に付き合って、何がいけないの⁉』って答えちゃったの。そしたらもっと怒っちゃったみたいで、お酒飲んだことなんてそっちのけで……」

「そんな……」

「だって昨日、言ってくれたよね。ずっと一緒だって。あれって、そういう意味でしょ? 私、酔ってたけどちゃんと覚えてるよ!」


 都子の言う通り……前夜伝えた精一杯の想いの背景には、そうした本音があったのは確かだった。


「もちろん、今すぐのはずがないって言ったんだけど……もうお父さんには、聞いてもらえなかった」


 今更「そんなつもりで言ったんじゃない」などと、言い訳する気はなかった。そう……そんなつもりで言ったんだ。それでいい。ずっと一緒……二人の未来は、そう決まったじゃないか。

 しかし……都子のその『真面目さ』と『正直さ』が、裏目に出てしまったのか。


「よし、決めた!」

「なぁに?」

「ブラック・ナイトのマスターに挨拶が終わったら、お父さんに直接会いに行く。会って、改めて謝って、許してもらえるようにお願いするんだ!」

「れいくん、それは……」


 都子の「それは……」は聞こえていたが……決意を固めるのに精一杯で、何を言おうとしたか確かめるところまで、思いが及ばなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る