藍色の月 第十七章 未来が眩しすぎて…

 都子が自ら選んだスコッチは……彼女自身さえもが知らず知らずのうちに抑えていた本音を爆発させ、僕を深い反省へと導いた。

 その反省の言葉に安心した彼女は……僕に倒れ込み、意識を失ってしまった。

 この瞬間から……悲劇は具現化してゆくのだった。


 とにかく、このままで良いはずがない。ブラック・ナイトのマスター、黒岸さんが直ぐに事態に気付いて、対処して下さった。奥にある休憩室で休ませるといいと。取りあえずその部屋のソファに寝かせて、毛布をかけてあげた。


 しかし、大丈夫なのか? 救急車は呼ばなくてもいいのか?

 黒岸さんが言うには……

「色んな酔ったお客さん見てるけど、この感じなら、暫く寝かせれば大丈夫でしょ」


 そして続けた。

「さて、お客さんにこんなことは言いたくないんだが、君は高校生だね。倒れたのがお姉さんじゃなくて君だったら、ウチの店もそれなりに大変だったよ」


 あ……未成年……しかも高校生を店に入れて、お酒を出してこの顛末……お店側の責任の事か。


 と……気付く前に、自分だけ子供扱いされた事にまたも短絡的にカチンと来て……

「お姉さんじゃありません! 同い年の彼女です!」

 後先考えないこのひと言が、その後の明暗を分けたのだった。子供扱いされる事に、敏感に反発してしまったのだろう。


「同級生? 彼女、大学生じゃないの?」

「学校は別ですけど……タメです」

「何年生?」

「2年……あの、今月3年生です」


 次々と白状してしまう僕に、マスターも困った様子で……

「まいったなぁ。17歳かぁ。なら、今すぐ彼女の家に電話して、家の人に迎えに来てもらいなさい」

「はい……すみませんでした」


 その通りに……するしかなかった。病院へ行かないなら行かないで、自宅へ安全に帰らせる為にも。

 お店の電話を借りて、都子の自宅へ……お父さんは今夜遅いと言っていたが、果たして……お母さんが出るか、お父さんが出るか。できれば「何かと理解ある」と聞いているお父さんが出てくれれば……いや、こうした局面の場合、父親の方が恐いか? バカ! そんなこと考えている状況か!


 呼び出し音が途切れた時の緊張は、心臓が飛び出しそうだったが…優しそうな声の、お父さんだった。


「は……初めまして……」

 と、名を名乗り挨拶。

「ああ~君が。話は良く聞いてるよ。いつもすまないね~。これから出るの? 随分遅いけど、どうかしたのかい?」


 お父さんのその言葉だけで、僕はわかった。自分がどれだけ信頼されていたのか……そしてどれだけその信頼を裏切ってしまったのか。申し訳ない気持ちで胸がつまり、しばらく返事ができなかった。


 違和感に気付いたお父さん。一歩踏み込む口調で……

「どうした?」

「実は、日吉の駅の……はい……」

 経過は全部省いた。言い訳じみた事は言いたくなかったから、現状だけを告げた。すぐに車で迎えに来ると言う。


 お父さんの車が到着……初めてお会いするというのにこんな状況。

 はっきり言って、カッコいいお父さんだった。イケメンで背が高くて、スマートでダンディで……さすが都子のお父さん。


 ぶん殴られるのも覚悟はしていたが、言われたのはたったひと言。

「明日また連絡させますから、今日は取りあえず……」

 と、都子を車の後部座席に座らせた。


 半分朦朧とした意識の彼女がその時……僕の姿を見つけ、力無く手を伸ばし……確かに名前を呼んだ。

「れ……くん……」


 このまま今生の別れにならなかったのは、お父さんの、都子を娘として信頼している判断のお陰だったのか。


 しかしこのあとの、彼女のお父さんに対する『ある発言』が……その判断を変貌させてしまった事が、後に判明する。

 それは……この夜の僕が都子へと伝えた『精一杯の想い』が、彼女にその『発言』をさせてしまった……ということになるのだろうか。


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