藍色の月 第十五章 不良少女によばれて

 先に駆け上がって行った都子を追うように、僕も二階へ。

 店の入り口に掲げられた店名を見て、衝撃……。


 ブラック・ナイト……?


 ナイトは「夜」ではなくて、Kが付く「騎士」の方。

 ヴァイオレット・ムーンの曲名を店名にしてるだなんて……都子、まさかそれを判っていて……?

 そこにはあえて触れず、とにかく店内へ。


「どうせなら、ボトルの方が、お得だよね」

 そう言いながらスコッチの銘柄を選ぶ彼女。


「これ! これにしよ!」

 と、選んだのは…J&Dの緑色のボトル。僕はクラスの飲み会でウィスキーくらい飲んだけど……都子、大丈夫かな?


「次また来ること考えれば、こっちのが絶対お得よ!」

 本当はこの時点で、やめさせるべきだったんだ。こうしたお店に入り慣れているかのような彼女の様子に圧倒されて、何も言えず……なんて言い訳は、後から幾らしたところで何の役にも立たない。


 それでもこのあとは、二人の楽しい時間が続いた。

「じゃ、何に乾杯する?」

「都子と僕の……えーと……」

「二人の未来に! 乾杯~!」

「乾杯……」


 また……代わりに言ってもらった格好になってしまった。もう少し待ってくれれば、僕だってそれくらい言えたのに。

 それはそれとして……この夜は、お父さんの評価が正直気になって、色々と話してもらえた。


「さっきの……お父さんが何だって?」

「知りたい?」

「当然」

「じゃ……私のこと、嫌いにならないって約束……できる?」

「えっ⁉ なに? なんで? どーして? だれが? 何の話? 嫌いになるはず無いじゃん! あり得ない!」

「わかった、わかったからぁ……騒がないの。そうよね、フッ! あり得ないわよねぇ」

「あの……(相変わらず自信満々だな)約束するから……ね?」

「ありがとう……」

 もう半分泣いてるし。


「私ね、自分ではそう思ったこと無いんだけど……」

 そう言って話し始めた、都子自身の話とは……。


 要するにそれなりの良家なお家で、彼女はそちらの御令嬢。その窮屈な環境に反発して、家に帰らない時期もあったり……結構な不良娘で好き勝手やって、親に心配かけたらしい。

 中学の同級生の女子にも、同じような話があったなぁ……なんて思い出しながら込み上げた想い……

 もう絶対、僕は都子を離しちゃいけないんだ。


「どう? お嬢様にして不良娘……フフ! 嫌いになった?」

「そんなぁ……ならない! ならないって!」

「そう⁉ じゃ惚れ直したんだ!」

 このスコッチには、小悪魔キャラの素でも入ってるのか?

 しかし……「惚れ直した」か。否定できなかった……というより、図星だったんだ。


「で、お父さんがね……」

 来た……お父さん。


「バンドのスタジオで遅くなるのくらいはいいだろうって、音楽は非行と関係ないって、お母さんを説得してくれたの」

「つまり……そもそもお嬢様の窮屈さに対する反発から始まったのに、その中で始めた『非行ではない』バンド活動にまで規制をかけるのは逆効果だ……という判断?」


 元々文系で、人の意見を理屈っぽくまとめるのは得意だった僕。思わず整理してしまったが、それがなにか嬉しかったらしく……

「そぉー‼ お父さんと……れいくぅん!」

 だから、毎回ウルウル半分泣くなーっつの……日本語ヘンだし。


「じゃ厳しいのはお母さんの方?」

「そうね……お父さんだって厳しいトコはあるけど……でも、お父さんは結構理解あるのよ、何かとね」

「ウチも、お母さんの方がうるさいかな?」

「アハッ! お母様、学校の先生だもんね。でもあんな先生だったら、私は好きかな」

「仲良しで……なによりです」

「で、そんな理解あるお父さんの言うことは、私も必ず守ることに決めたの。もちろんお母さんにも、もう心配かけないって決めたんだ」

「そう決めたのって、いつ頃から?」

「れいくんの……おうちに行くようになった頃……かな?」

「都子……」


「キミのバンドには結局入らなかったことも話したし、それでもキミとしょっちゅう会ってるから……付き合っているのもわかってたみたい」

「だ……ろうね」

「でもね……どこ行ってるのか判らないとか、例えスタジオでも遅くなっちゃうより、れいくんち行ってるって判ってて、夜も遅くならずにちゃんと帰って来る方が安心だって」


 そう聞いて、思わずボソッと呟いてしまった。

「ウチは、不良少女一時預かり所か……」

「なんか言った⁉」

「いやそのあの……僕も役に立ってるんだなーって」

「んー? たまには役に立つんじゃない?」

「ほぼ毎日来ておいて、たまにはかよ」

「あー、うそうそ。ごめんね。毎回駅まで送ってくれるから安心って」

「じゃ、これからも安心して下さいって伝えておいて」

「え~? あんなコトしといて、もう手遅れじゃない? あ、キミの場合は手遅れじゃなくって、奥手って言うのか」

 うるせー。でもまた否定できない。


 しかし、そんな楽しい時間が流れる中……別の意味で『手遅れ』になってしまう事態が既に進行中であることに、未だ気付かずにいる二人だった。

 お父さんへのメッセージも、意図とは逆の結果で届いてしまうことになろうとは……。

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