藍色の月 第十三章 今と今がずっとつながって
都子が何の事を訊いているのかは一瞬で理解できた。が、なぜ……なぜ即答しない……「もういいんだ」と。
初めてだった。都子から初めて……「もうめぐみさんのことはいいのか? 本当に自分の気持ちに区切りがついたのか?」と、はっきり訊かれたのだ。
彼女からすれば『言葉での明確な回答』など求めてはいなかったのだろう。あのまま続けていれば、それが答となっていたのに……考え込んで止まってしまった。
それを彼女がどう解釈したのか……それが彼女をどれだけ傷付けてしまったのか……気付いた時にはもう……遅かった。
初めて見る、都子のこんなに不安そうな顔。
「ごめん……いや……違うんだ」
何が違うのか……言い訳にもならなかった。
「ううん……いいの。気を使わないでって……言ったでしょ」
前回、同じ台詞を聞いた時の元気いっぱいの彼女とは、あまりに対照的だった。
二人はそのまま何もせず抱き締め合ったまま、その後はひと言も……声も出さず、動けずにいた。
こんな時に自分の、まだ定まらない気持ちに気が付くなんて。捨て去りたくても捨てられないものがある事を学んだ瞬間だった。
それでも……それでも都子に、済まない気持ちでいっぱいだった。
どれらいの時間が経ったのか……。
「今日はもう……帰るね」
そう言う都子と……いつもよりも早い時刻だったが、寄り添って西光寺の横の坂を下り、都立大学の駅へ。
腕に強くしがみついたままの彼女は、何かを失うまいとしているかのようだった。こんなに余裕の無さそうな彼女も……初めてだ。
心中……反省の念だけが渦巻いていた僕には、声をかけてあげる余裕が無かった。
送って来る間、ほとんど言葉を交わさなかった。そんな事は初めて。
駅に到着。今日は……お別れか。
急に「キッ!」とこちらを見つめる彼女。
あ……さっきまでの不安そうな顔はもう無い。
いつもの彼女らしい、凛とした表情で……
「本当に……いいからね。余計なこと訊いたの、私の方だから。ごめんね」
「いや、そんな……僕が、そのぉ……」
少し笑顔を見せ……僕よりも背が高い彼女は、文字通り『上から目線』で……
「いいーって。ねっ? じゃね!」
そう言って改札へと消えて行った都子。
その時に決めたことは……
一つ目……都子の事が、全力で好きであるという心以外は無視すること。
二つ目……当分はこれ以上の関係に突き進まないこと。
二つ目の項目は『ヘタレ』のようにも思えるが、これ以上彼女を……都子を苦しめるようなマネだけは、絶対にしたくないとの決意だった。
そして……それらは僕だけで勝手に決めずに、次に会った際に彼女へきちんと話すことにした。
話す……話す……話した……その日……
「わかった、わかった! わかったからぁ……もぉ……そんなに謝らないの! 気にしないでってばぁ」
「ヘンな決めごとみたいな話で……ごめんね」
まだ自責の念に押しつぶされて、しょぼくれている僕を……微笑みながら後ろから抱き締めてくれる彼女。
「未満の時も不満は無かったもん。今は全然、未満じゃないでしょ? だから……このままで幸せだよ」
「はぁ……すんません」
「なぁに遠くなってんのよぉ。おこるよ!」
そして……耳元でいたずらっぽく囁く。
「今までしていたコトなら……してもいいんだよね?」
と言いながら……僕の顎を手繰り寄せて振り向かせ、覗き込むように視線を確認する彼女。
「あ……うん。いいです」
そう言って交わす自然なキスもこれまで通り……という訳には、いかなかった。それまでよりも明らかに濃厚になってしまったことを……二人は受け入れていたんだ。
あと数日で新学期が始まり、いよいよ3年生に進級。春休み期間よりも減ってしまうであろう二人の時間を……惜しむように大切に、大切に過ごした。
しかし……二人は4月に入ってから、致命的なミスを犯してしまう。本当にお互いを慈しみ、将来までをも誓おうとした、そのお互いの想いが……逆方向へと作用してしまうことになろうとは。
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