藍色の月 第十一章 未満の勝利

 友達以上恋人未満……とでも呼ぶのだろうか。都子はそうは思っていない様子だが、未満に不満は特に無いらしい。


「何が足りなくて未満なのかしらね~? それとも何か余計なのかしら?」

 と平気で、しかも嬉しそうにチャカして来る。


 そんな彼女に逢う度に、彼女と話す度に……自分の中で何かが少しずつ、少しずつ変わって行くのを感じていた。

 そのパターン自体は、めぐみさんの時と同じ。違う点は……心の中に住んでしまった人が、いるかいないか。

 しかし……度量のある都子にとって、それは関係ないらしい。


「無理に、忘れようとしないこと! わかった?」

 僕の中の、めぐみさんという存在も含めて……まとめて受け入れようというのか?


「そんなことで気を使わないの!」

 同い年とは思えない包容力だった。そう……元気いっぱいな都子にとっては「ソンナコト」なのだ。


 あの電話でめぐみさんについて白状して以来、彼女はまるでお姉さんのように振る舞い始めた。めぐみさんの事を知り、対抗して張り合っているのかと最初は思ったが……決してそんな背伸びをしているのではない事は、直ぐに判った。

 状況を適格に理解し、適応する事で、すぐさま一回りオトナの女になってしまった……とでも表現すればよいのだろうか。


 都子にとってめぐみさんなんて、僕の過去の女。しかも何も告げずに行方知れずで連絡も無い。実体なんて無いようなものだった。でもそれは、蔑んで見ているのでは決してなく、その逆……17歳で初めての、そんな体験を共有しためぐみさんを、僕がまだ忘れる事ができないのが自然……その想い出を大切にしたくて当然……と、認めてしまっていたんだ。


「れいくんは、そんな大切な想い出……すぐに忘れるような人じゃないもん。だからキミのことが……」

「私はそれまで待つ……ううん、待ってなんかいない。でしょ? だってほら、今だってこうしてキミと……ね? そのままのキミと一緒にいられる。それ以上、望むことなんてある?」


 その言葉を聞いた時、彼女の前で僕は泣いた。そっと……抱き締めてくれる彼女。

 都子から溢れ出る、余裕・包容力・忍耐力・意気込み……そして自信。そんな彼女の前でなら僕は、無理する事なく過ごせた。時には不安定な気持ちも隠さずいられ、そんな僕をまた励ましてくれた都子。


 大好き……。


 いつしか……彼女は僕にとって大切な存在になっていた。

 都子の勝利だった。


 心に想いは残したまま……それはどうあがいても否定できない。しかし……時を止めてしまったかのようなそんな想いは、中々きちんと熟成できない。そのうち心の中で澱んでしまい、固く凍り付いてしまう。その冷たさが、周りを傷つけるという悪循環を生じさせる。

 今でこそそんな理論をぶっていられるが……当時の僕には、自分独りではどうにもできず、結局は夕夏や麻里を傷付けてしまった。


 都子はそんな凍てついた心を……焦らずにゆっくり、ゆっくりと溶かしてくれた。

 もう一度、彼女を抱き締めたい気持ちが湧き上がるのを感じた。

 今度こそ……あの時、都立大学の駅前で彼女が思った通りの意味を込めて、強く抱き締めてあげたかった。

 それは、決して『一時的』ではない愛おしさ。そんな気持ちが「まだどこか、何かを迷っている自分」を……圧倒的な加速力で、完全に追い越して行った。

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