藍色の月 第六章 初めてのすべてを…

 部屋の灯を消して……交差する二色のパステルカラーの灯。

 あ……企んでるとは、このムード演出のことだったのか。

 僕はめぐみさんのその企み通り……積極的になれたようだった。


「めぐみさん……改めて伝えたいことが……」

「ん? なぁに?」

「改めて……僕、めぐみさんが好き……大好きです!」

「れいくん……ありがとう……私もよ」

「うん。来年のお誕生日も、こうしてまた一緒に祝えるのかな?」

「そ……そうねぇ。それはちょっと……気が早いんじゃない?」


 めぐみさんと、そのめぐみさんの言葉が好きだと言っておきながらも、彼女の巧みなダブルミーニングはつかみ損ねる事が多い僕だったが……この夜は、本当に気持ちが通じ合っているのを感じていた。

 但し、またもつかみ損ねたのがこの「気が早い」……これにも実は深い意味があった点を、後から知る事となる。


 それでもこの夜は……同じ一つの方向へと、遂に動き始めてしまった二人。


 目ヂカラがハンパないめぐみさんだが……瞳のみならず、表情や首のちょっとした動き……時には指先の動きが花を添える。

 そして、一度その目ヂカラに捕らえられてしまうと……


 逃れられない。


 その夜も……否、その夜は……笑って解除されるいつものパターンではなかった。そう……それでいいんだ。覚悟はできたから。


 彼女の視線と首の動き、そして指先が……無言で僕へと命じている。

「もっとこっちへ来て……ここに座りなさい……」

 と……操られるまま……従う僕……。


 あ……やられる。


 そう感じた。下世話な表現だが、本当にそう思った。男のくせに情けないが、本当にそう直感した。

 いつもは『目ヂカラ捕捉』されても、そこまで感じた事はなかった。だがその夜の彼女の瞳が…こう告げているのがわかったから。


「本気よ……」


 何が始まるのかはわかっていたが、どうすればいいのかがわからない。わかるのは……彼女の瞳から目をそらしてはいけない……それと……もう……決して、逃れられないということ。

 それが故に……動けなかった。これまで体験したことの無い固まり方。本当に……動けなかった。その時の僕は……めぐみさんの瞳と表情に操られるままに……完全にマリオネットだった。


 瞳から放たれる柔らかい糸は、初めての緊張に怯える繭を決して縛り付けることなく、シルクの優しさで包み込み……静かに横たわらせた。

 そして…包み込んだ糸を、次は一本ずつ丁寧に取り除いて行く。まるで自分自身が自由な姿になる為であるかのように。

 やがて、美しく成熟したシルクの妖精は……大きく広げたその羽で、未だ怯え続ける繭を……再び優しく包んでゆく。

 僕はめぐみさんの中で完全に蕩けてしまった。それまで経験したことも無い恍惚感……僕はめぐみさんへ、心も躰も……すべてを捧げたんだ。僕の「初めてのすべて」を……。


 そんな状態で、どれくらいの時間が過ぎたのか……いつの間にか、自分がめぐみさんに抱きすくめられている事に気付いた。

 二人に起きた出来事は、藍色の月明かりに祝福されていたのだろうか。


 ところが……


「……ね」


 ? なに?


「ごめんね……」


 どうして? どうしてめぐみさんが謝っているの?


「ごめんなさい……大丈夫? 怖がらせる気は……なかったの」


 泣いてるの? 見えなかったがそうわかった。どうしよう……僕のせい?


「あのね……キミと、お別れしたく……なかったの……どうしても」


 お別れ? 何の話? まったく理解が出来なかった。


 しかし、突然の話……泣きながら謝る彼女の言葉に、なぜか妙な現実感があった。

 そのまま僕を胸に抱きしめて、彼女は静かに泣き続けた。

 そしていつしか、僕も泣いていた。泣きながら…二人は抱きしめ合ったまま。


 そんな状況を、頭の中で同時処理できなかった僕。やっと少し落ち着いたところで言えた言葉が……


「帰らなきゃ」


 そう……冬休みでも、ウチには帰らなきゃ。

 しかし……そんな考え無しな高校生事情丸出しのセリフが、彼女をどんな思いにさせたか……失言だった。

 僕だって本当は帰りたくなかった。このまま永遠に、めぐみさんの胸に抱きしめていてもらいたかった。

 だから……


「うん……ごめんね……帰ろうね……おウチに……帰ろうね」


 そう言いながらも一層強く抱きしめる彼女に、尚も強くしがみ付いてしまう僕だった。


 もう二人とも、言うことと行動が何もかも逆……どうにも制御できなかった。

 そして、心にはこんな切なさを湛えておきながら、躰は……本能が反応しているのか? どこかでタガが完全に外れてしまった二人には、もうなんのタブーも存在しなかった。


 何度も……何度も……まるでこの世の終わりであるかのように……二人のすべてを絡みつかせた。

 本当にお別れするくらいなら、このまま本当に、二人で討ち死にしてもよかった。すべてを……炎で焼き尽くしたかった。


 見つめ合い……絡み合い……二人から醸し出され、そして二人を包み込み潤うそれは……すべてが……『涙』だったんだ。

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