藍色の月 第五章 二人の灯

「おっかしい、なにそれ!」


 結局最後はいつもめぐみさんにケラケラ笑われて、終わり。笑って終わりにしてくれるので、毎回それ以上先には進めないまま。でも……このままでいいはずがないのは、僕だってわかっていた。


 そうか……そうだよね。よし! 僕だって男だ。今度こそ、ちゃんと「好きだ」って言うぞ。「大好きです! もう、おとうと扱いしないで下さい!」って、しっかり伝えるんだ。


 そんな決意を固めた年末近く……彼女は誕生日を迎え22歳。また一つ、おねえさんになってしまった。僕は翌年の9月末まで17歳のままか。それは気にしない。二人の未来が、これからもずっと続いて行く……勝手にそんな気持ちになっていた。


 彼女の部屋で、二人きりで祝うめぐみさんの誕生日。


「お誕生日おめでとう!」

「れいくん……ありがとう」

「こちらこそいつもありがとう。あと……すみません……です」

「え? 何のことぉ?」

「いや、だって……今日だって、大好きなめぐみさんのお誕生日なのに、何も持ってくるんじゃないわよ!とか言われて、本当に何も持ってこないし」

(バカ! なんでそんな『ついでに』みたいな言い方……ちゃんと個別に「好きだ」と言え!)

「いいって。いつも背伸びさせちゃって、ごめんね」

「あー、あー、うん、うん」

(ば、ばかじゃないか! ちゃんと喋れ!)


「初めて……」

「えっ⁉」

「初めて聞いたかな?」

「えっ……あ!(ちゃんと気付いてくれた?)」

「キミは音楽やロックのこと以外になると、あまり話さないから仕方ないけど、でも……」

「でも……?」


「シャイなのは……キミだけじゃないのよ……」


 あ! そうか! 今まで自分がはっきり「好きだ」と伝えられないことにばかり腐心していたけど、めぐみさんも自分からは言い出せなかったんだ。自分の悩みで精一杯で、彼女の心にまで思いが及ばなかったなんて……謝らなきゃ。


「めぐみさん、ごめん。僕、自分のことばかりでめぐみさんの気持ちを……その……」

「いいって、気にしないで。それより私も……言っていい?」

「うん。もちろん」

「嬉しいよ……キミが、ここにいることが……。今が、この時が……愛しいよ……」

「めぐみさん……ありがとう……」


 但し、その言葉の真意も後に思い知らされるが……その夜はまだ、ただときめくばかりだった。


「あ、ごめんね。ヘンなこと言って」

「ううん、全然ヘンじゃない。僕も嬉しい。年に一度のお誕生日を、こう……二人で過ごすのも、ヘンじゃないんだよね?」

「そうねぇ。でも……お誕生日じゃなくても、ここんとこずっと二人だったね。このままここに住む?」

「え⁉ そ……それって?」

「あん、冗談よ。ごめんごめん、食べようか!」

「うん。頂き……ます……」


 僕をときめかせる彼女の台詞……それが例え冗談であったとしても、僕はめぐみさんの言葉が好きだった。

 いつも絶妙な言い回し…流石は女優さん。言葉だけで、そっと抱きしめてもらっているような……そんな気持ちになる。

 めぐみさん……お誕生日、本当におめでとう。


 歌と演技、そして英語力以外のめぐみさんの特技はお料理だった。

 ただ……その夜に頂いた美味しい手料理の献立を、全然覚えていない。それは、記憶が飛ぶような……コトが起きたから。


 お誕生日の夜は続く。


「れいくん、今夜は……帰っちゃうの?」

(? お泊まりしたことなんか、ないじゃん)

「今夜? そぉ……その……(何だ? そのボトル)」

「これ、飲める?」

(あ……ワインだ!)

「うん……ごめん……(どっちだよ!)」

「いいのいいの! 聞いただけ。ワインはさすがに、おうちの人にバレちゃうかな? で、私は犯罪者~っと」

(めぐみさんが犯罪者なら、僕も共犯者にして下さい)とは言えないまま。


 ワインをテーブルに置いた彼女は、左手でパー、右手はチョキを見せながら……


「えへっ! このワイン実は、7万円。」

「え~⁉」

「キミと一緒に……と思ったんだけど、どうしよっかなぁ?」

(こんな未成年を相手に、なんで7万円?)

「一人で酔っ払ってもしょうがないし、これはとっておこうね。今度、犯罪者にされない時を狙って……約束よ!」

「うん、約束!」


 せっかく用意してくれたのに、しかも7万円……僕がこんなだから飲めないなんて。今度絶対に……約束します!


 しかしその約束は叶えられないまま……めぐみさんの様々な『ダブルミーニング』を理解せざるを得ない日が来ようとは……その夜は、想像もしていなかった。


「ごちそうさまでした!」

「いえいえ、お粗末でした。ありがとねん。」


 食器等はシンクへ下げ……LDKから部屋へと移動。

「何も持って来てない」とは言っても、誕生日プレゼントだけは持って来た。これは何と呼べばいいのか? 用途は室内照明。スイッチを入れるとパステルカラーの灯が点き、室内をお洒落に演出する。

 カフェバーでもないのに、この頃はこうしたグッズが流行っていた。わたせたいぞうのイラストか、佐野春元の歌詞か……と言ったところだろうか。


 そしてなんと、めぐみさんからも僕にプレゼントがあった。彼女の誕生日なのに、貰っちゃっていいのかな? 


 一緒に開けてみて……またも二人で大笑い! だって……めぐみさんからのプレゼントも、同じ用途のグッズ!


「もぉ~おっかしい~! 同じこと企んでるわね!」


 爆笑のツボに入ってしまい、またも「企んでる」を聞き流してしまう。

 そして、急に真顔になるめぐみさん。


「これ、二つ一緒に点けてみようよ。キミがここにいるうちに。帰っちゃったら、一つずつに……離れ離れになっちゃうでしょ?」


 パジャマの時といい、すぐに使うのが好きな人だなぁ……と、その時はそれくらいしか思わなかった。

 しかし……彼女の言葉にはもっと深い意味があった事に、例によって気付かない鈍感な17歳である。


 その「深い意味」を知るのは年が明けてからとなるが……一緒に灯された二つのパステルカラーは……僕に、更なる覚悟を固めさせ……その夜の二人を更に「深い仲」へと導いて行く。

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