藍色の月 第三章 誘惑とパジャマ

 こじれているようでも……めぐみさんは今、彼氏と暮らしているのだ。そこに僕なんかが入って行ってはいけない。高校生にだって節操くらいはある。


 しかし……抑え切れない想いが、制御不能な怪物となって……そんな規範意識を次々と飲み込んで行くのを感じていた。もう僕にとって彼女は……『家庭教師的存在』を、遥かに超越していたんだ。

 一方めぐみさんは……その怪物を、更に煽るような行動を取るようになって行く。17歳には……刺激的過ぎるような方法で……。


 ある日……


「忙しくて海に行けないから、これ」

「それ、何のテープ?」


 黙ってコンポにセットして、再生するめぐみさん。


「波の音って、落ち着くんだよね」


 と言いながら、部屋の明かりを暗くする彼女。


「ちょっと横になろうか。ほら、キミも……」


 と、言われるままに彼女の隣へ。


 え? これって、ガ~って行ってもいいってことですか? 

 か……どうかの判断が付かない17歳。仮に「いい」だったとしても、行けなかった。勇気がなかったのか……。

 暫くは、優しい瞳を向けてくれていためぐみさんだったが、急にプイっと背中を向けられてしまった。きっと「意気地なし!」とでも思われたのかもしれない。


 また別の日…


「シャワーしてくるから、ごめんね!」


 と、当たり前のようにバスルームへ消えるめぐみさん。


 そんな……僕だって男だぞ。無防備過ぎないか? 


 どれだけの時間が経ったか……こんなモヤモヤした状態で、バスルームから出てきた彼女にどう対処したらいいの? 

 すると、脱衣所からの声が飛んで来る。


「もうちょっと待っててね! あとで一緒にグアバジュース飲もうね! ドライヤー持ってきて!」


 相変わらず上から目線だし……はいはい、持って行きますよぉ。


「わ……」


 なんか羽織っただけで、下着は……着けている? まるで、姉弟と接するように……彼女にとっては『当たり前』なのかも知れないけど、僕にとっては刺激的過ぎることを、彼女は判っているのだろうか? 

 でも……どんなつもりなのかなんて、僕からは訊けなかったんだ。


 シャワーを終えたばかりで、どこか良い香りのするめぐみさんと……グアバジュース頂きます。美味しい……でもやっぱり、刺激的過ぎる。


 それにしてもめぐみさん、スッピンでも本当に綺麗。


 それもそのはず、めぐみさんは女優のタマゴだったんだ。バンド活動での歌も、女優としての芸を磨く為だと言っていた。

 ただ、まだそれだけでは生活して行けないから……赤坂の超高級クラブのホステスさんと、更に帰国子女の英語力を活かして、スポットで通訳も兼任。

「どうせ教科書英語でしょ!」と言っていたのは、そんな背景からだった。


 しかし、この「通訳」と言う仕事が……翌年に来日公演を行なうヴァイオレット・ムーンと、直接関わることになるとは……この時点では、予想もしていなかった。


 赤坂に電話しているめぐみさん。


「あ、マネージャー?今日、一時間くらい遅れるから、ええ、ごめんなさい」


 そのあと、今度は彼女の妹さんから電話。


「今?(こちらへ振り返り、ニコ!)おとうとが来てる」

(ちょっとこっちへ来い!の手振り。素直に行く僕……ここに座れと指差し。はいはい)

「ウチおとうといたっけーじゃないわよもぉ~」

(僕の背中を背もたれに寄りかかって……それって、座椅子にすな~!)

「うん。こないだ言った、私だけの高校生のおとうと」

(え? 私だけって、僕はめぐみさんだけのものって意味?)

「そう。えっ⁉ やだ! そんなことしないって。なにそれ、おっかし~!」

(後ろから頭をグリグリカイグリカイグリされるがままの僕)

「うん。そうだけど、うん。そう」

(でも、カイグリが気持ちいい……なんか嬉しい)

「もうちょっと、足りないのよね。そう」

(いきなり、もうあっち行け。わけわからず追い払われる僕)

「そうねぇ。でも、カワリにしちゃうようだと可哀相じゃない?」

(なに話してんだか。離れたって、丸聞こえなんですけど)


 そうですか。おとうとですか、僕は。

「そんなこと」とは、どんなことだぁ? 

「もうちょっと足りない」って、僕のこと? はいはい、どうせ子供ですよ。

「カワリに」って? その「おとうと」を、彼氏と別れた穴埋め役にするという意味?

 でも……「私だけの」って言ったよね? 


 またも勝手に色々考え込んでいるうちに、妹さんからの電話は終了。


 と、またも僕の頭をカイグリカイグリ……つい、返事をしそびれる。


「もぉ~。そうだ。キミにいい物見せてあげるよ!」


 そう言って見せてくれたのは……パジャマ。触り心地最高なシルク生地の。


「昨日買って来たんだ。私のと、ほら、お揃いだよ。こっちがキミの分ね! はいっ」

「???」


 お揃いの? パジャマ? 色違いの、フリーサイズ等々も、瞬時に把握できずに……「えっ⁉ えっ⁉」という感じだった。

 そんな僕の混乱にも構わず、続ける彼女。


「どう? 気に入った? 今、ちょっと着てみなよ!」

「いやあ、それは……」


 と、男のくせにモジモジしてしまう。で、やっと……


「う……ウチに帰ったら着てみる。どうもありがとう!」

「そう? 良かった。今夜から、これを着て寝なさい!」


 とりあえず笑顔でお礼が言えたのは良いが……めぐみさんとお揃いのパジャマ? これっていったい、どんな?

 混乱を鎮めたくて極力平静を装ってみるが、彼女にはすべてお見通しらしい。


「フフッ…おっかしい! なにそれ!」


「なにそれ」って、この展開、こっちが聞きたいよ! 


 彼女はまだケラケラ笑っている。でも……めぐみさんの気持ちと二人の関係を、そのパジャマが象徴しているような……その時の僕は、そんな気持ちになっていた。

 きっとこの時点で既にして……『余計なこと』は『余計』ではなくなっており、尚且つ『まだ』は『まだ』ではなくなっていたのだろう。

 残念ながらソコまでは思考が辿り着いていない僕だったが、そのパジャマ以降のめぐみさんは……『次なる段階』へと、僕を導いて行く。


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