第15話 二日酔い・2
マサヒデが深刻な顔で俯いているのに、クレールはくすくすと笑う。
笑うクレールを見て、む、とマツが口を開きかけたが、
「マサヒデ様。あれは、発破をかけられただけです」
「発破?」
「うふふ」
とクレールが笑って「ぱん!」と手を叩き、
「誰か! ここへ来なさい! 姿を見せて!」
「は!」
足を固めた旅人姿の男が出て来て、手を付いた。
「あなた、何年修行しました」
「試験前に100年程、試験後、100年程でクレール様の元へ」
「マサヒデ様に、面と向かっての剣の勝負で勝てますか?」
「ま、まさか! いや、とても・・・」
マサヒデは力なく笑って、
「ふふ、お気遣い、ありがとうございます」
クレールがまた「くす」と笑って、
「マサヒデ様、お疑いでしたら、立ち会いましょう。引退記念に1戦、どうです?
勝てずとも、力を抜いているかどうかぐらい、分かりますよね。
ああ、そうですね、折角ですから、真剣で参りましょう。
おっと、ラディさんをお呼びしませんと・・・」
「ク、クレール様! ご勘弁下さい! 私では無理です!」
男が慌てて顔を上げ、手を振る。
クレールが眉を寄せて男を見下ろし、
「ふう、全くだらしのない・・・では、今回は剣ですから・・・
マサヒデ様はこんなですし、カオルさん、お相手してもらえますか?
真剣勝負となれば、お悩みの所が分かるかもしれませんよ」
「え!」
カオルが驚いて顔を上げる。
男は顔を真っ青にして、
「忍の技であればともかく、カオル殿に面と向かっての剣の勝負は私ではとても!
お戯れはご勘弁下さいませ! 平に! この通りで御座います!
せめて、せめて、クレール様のお子を見るまで!」
ふふん、とクレールが笑い、
「ラディさんが来るから大丈夫ですよ。
あ、でもさすがに首が飛べば死んでしまいますか・・・
カオルさん、どうしましょうか?」
「クレール様! せめて真剣はご容赦を!
お子を拝見するまで、私は死にとう御座いませぬ!」
男が地に額を擦り付ける。
とてもふざけているようには見えない。
演技ではないのか?
「200年も修行をしておられるのに、何故?」
男は恐る恐る頭を上げ、
「マサヒデ様。人族と魔族では、伸び方が違いすぎまする」
「伸び方?」
「我らが必死で10年はかかるであろう所を、人族は1年もかからず超えて行きまする。我々から見れば、マサヒデ様もカオル殿も、異常な腕の上がり方です」
「10年が、1年もかからず? どういう事です」
「ううむ、何と言いましょうか・・・寿命が短いから、でしょうか。
とにかく、人族は腕の磨かれ方が速すぎるのです。
庭にて見ておりますが、1日でここまでと、毎日驚きしか御座いませぬ。
交代から戻った時などは、それはもう」
「ええ?」
マサヒデもカオルも驚いて顔を見合わせた。
「我らの勝てうる所は、生まれ持ったこの力と」
すー、と男が消えて、また姿を表し、
「長の年月に生きた間、蓄えられた知識と経験、我が種族特有の魔力量かと」
「知識と、経験? 魔力だけ?」
「あいや、お待ち下さい。
知識、経験とて、本、伝書等で後に引き継がれて行きますし・・・
魔力とて、人族にも我らに負けぬ者はおりますし・・・ううむ・・・
何か、他には・・・何か・・・」
男が何かないか、と顎に手を当てて、必死に考え込む。
「いや、しかし、ちょっと待って下さい。
シズクさん、ここに来て、すごく伸びましたよ」
考え込んでいた男は顔を上げ、
「マサヒデ様、シズク殿は、元々技が磨かれておったではありませぬか」
「む、いや、確かにそうですが」
男は頷き、
「それを自ずと曇らせていただけで、マサヒデ様のご助言で、少し出ましたな。
マサヒデ様のお見立ての通り、まだまだ全て引き出せておらぬ、と私も見ます。
長年、師がおらなかった為の害に御座いますな。
今も、来た頃から元の技術は大して変わってはおりませぬ。違いまするか」
「なにー!」
転がっていたシズクが起き上がった。
話を聞いていたのだ。
「毎日、ゆっくりの素振りしてるんだぞ!」
男はぷんぷんしたシズクに顔を向け、
「シズク殿。あれは、いわば鍛え上げた技術の仕上げ。
刀で言えば、既に打ち終わった物を研いでいる、という所です。
まあ、確かに技術と言えば技術ですが、曇りを取っているだけです。
マサヒデ様、カオル殿、そうで御座いますな」
「そうです」「その通りです」
「むー」
「シズク殿は、既に素晴らしく鍛え上げられております。
今は慎重に研ぎに研ぎを重ね、研ぎ澄まし、冴え渡らせる。
出来上がりを見たら、足りぬ所をもう一度打ち、研ぐ・・・
マサヒデ様、カオル殿、そうで御座いますな」
「そうですね」「その通りです」
不満な顔をしていたシズクが、ひょっと顔を変え、
「え、ちょっと待って。私って、すごく鍛え上げられてる?」
「はい。前に食堂で話しましたよね。
シズクさんは、私より上だって話。覚えてますか」
「あ・・・ああ! カオルが泣いてた時の」
カオルが鋭い目でシズクを睨む。
「あ、ごめん」
くす、と男が小さく笑いを漏らし、
「生まれ持った身体能力の差や特別な力なども御座いまするが、そこは省きまして、マサヒデ様が10年修行した所に、おおよそ1000年生きる魔族が追いつこうとするならば、100年の年月が必要という所です」
「そういうものだったんですか?」
「100年修行しているからと言って、マサヒデ様より上とはなりませぬ。人族から見れば、それは怖ろしく長い修業を経たように聞こえましょう。されど、実際に相対して見れば、これで100年も修行したのか? というのが実際の所でしょう。勿論、種族の違いや才もありますので、そこの差は御座いますが」
「ううむ」
「でありますゆえ、マサヒデ様、どうか冗談でも剣を捨てようかなどど仰らずに。
また、立ち会いをご命令されては、文字通り我らの寿命が縮みまする。
この通りで御座います」
男が頭を下げ、くすくすとクレールが笑い出す。
「マサヒデ様。こういう事です。お父上の発破が効きすぎましたね。
うふふ。ここから魔王様の所へ行く道中で、剣聖を超えろだなんて・・・
さ、あなたはもう下がって宜しい。驚かせて申し訳ありませんでしたね」
「は」
するう、と男の姿が消えた。
クレールがにっこり笑って、
「こういう事ですから、がっかりしないで下さいね!
お父様が魔族の武術家に足元にも及ばないなんて、嘘八百なんですから!
まあ、お年を召しましたら、それは分かりませんけど」
「ち、父上・・・!」
「カゲミツ様! く、く・・・」
マサヒデとカオルが悔しそうに歯噛みする。
驚き、恐れ慄いてしまっただけに、怒りも込み上げる。
マツが少し膝を進め、
「でも、マサヒデ様。魔族のお話はこうでしたけど、道場で一番じゃなかったとか、今でも腕を磨いている方がおられるとか、あれは本当ではありませんか?」
は! とマサヒデとカオルが顔を上げ、
「む! そうだ、そうでしたね」
「確かに!」
「お父上のお話しも、嘘ばかりではなかったのですよ。
名こそ知られていないが、恐ろしい程の腕の者、必ずおります。
ホルニ様のように、市井に埋もれた名刀匠のような武術家が、きっと。
お父上が仰ったように、その中には、本当にお父上を超える者も」
「居るでしょうね。いや、必ず、居ます」
「はい。私もそう思います」
「マサヒデ様。昨晩、コヒョウエ先生のお話を聞いて思いました。
トミヤス道場の敷居は跨げなくとも、コヒョウエ先生は、と。
折角、お近くにいらっしゃるのですから」
「コヒョウエ先生・・・」
マサヒデが完敗してしまった、あの老剣客。
剣聖の師。
老いてなお、父上が、未だに勝てるかどうか、と言う程の・・・
「当然、パーティーにはお誘いしますから、来られましたら、お話してみては?
何かしら、マサヒデ様に教えを頂けるかもしれませんよ」
マサヒデは腕を組み、険しい顔で空を見上げた。
「コヒョウエ先生・・・そうだ、何故、今まで行かなかったんだ。
そうですよ。この町の近くには、コヒョウエ先生がいるじゃありませんか」
マサヒデが呟くと、カオルもシズクもマサヒデに顔を向け、
「ご主人様、私も、是非お話ししたく思います。
あのジロウ様のお父上。カゲミツ様の師。
カゲミツ様があれほど言われました方、少しでも手ほどきを願えれば」
「私も! 手ほどきしてもらいたいな。すごかったもんねー・・・
あと、昔話もしたいしー、むふふ、カゲミツ様の秘密、何か知ってるかも!」
笑顔でマツが頷いて、
「でも、まずはパーティーの準備からですよ。
さあ、皆さん、本日中には招待状をお届けしませんと!
マサヒデ様、招待状の下文は考えてありますから、100枚書いて下さい。
後でお名前を書いて、お送りしますよ」
「私の筆(て)で良いんですか?
自分で言うのも何ですが、汚いですよ。
マツさんが書かれた方が良いのでは」
「私共は人を選ぶのに大変ですから。
マサヒデ様、誰を呼べば良いか、分かるのでしたら代わりますけど」
「む・・・」
この町の主な組織で分かる者は、冒険者ギルドのオオタとマツモト。
奉行所の、ノブタメとハチ。
他には・・・
「ううむ、書きます」
「はい。よろしくお願いしますね」
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