第16話 招待状


 魔術師協会。


 出来上がった招待状を封に入れ、ぐに、ぐい、と蝋封を押していく。


「良し! これが冒険者ギルドの分ですね!」


「出来ましたね!」


 クレールが縁側に置いて「ぱん!」と手を叩く。


「誰か! これを冒険者ギルドへ!」


「は!」


 すう、と招待状の束が消える。


「ええと、次は町議会の分・・・意外と多くなってしまいましたね」


「ええ・・・でも、仕方ありませんよね。

 マサヒデ様が知らない方も多いですけど、町の要職の方々ですし」


「クレールさん、マサヒデ様がうっかりを仕出かさないか、不安です」


「うふふ。少しくらい、大丈夫ですよ!

 大袋で金貨をくれるくらい、町に儲けを呼び込んだんですから!」


「ううん・・・そうですね!

 さ、片付けてしまいましょう!」


 どろりと蝋を垂らし、ぐに、と印を押して・・・


「あ」


「マツ様?」


「印で思い出しました・・・陛下へのお報せ・・・」


「あ、書いてませんでしたね・・・どうしましょう?

 マサヒデ様、陛下からお預かりした印は、どこに置いてるんでしょう?」


「執務室にあるとは思うんですが」


「ううん、マツ様、今日は仕方ありませんよ。

 マサヒデ様も寝てしまいましたし、これは私達が書くわけにも・・・

 どうせお七夜のパーティーには間に合いませんし、1日や2日」


「ううん・・・そう、ですね」


「さあ、まずはこちらを早く片付けてしまいましょう。

 遅くなると、先方にもご迷惑ですから」


 どろり。


「うん・・・しょ」


 ぐい。

 どろり。


「えいっと」


 ぐい。

 どろり。


「ふうー・・・ううん、クレールさん、代わって頂けませんか?」


「マツ様、お疲れに?」


「いえ、蝋封の印って、苦手なんです。

 こう、押した時の、ほんの少しぐにってなる、あの感触が」


「あー! 分かります! あの少しぬめった時の、うにって感じとか、もう!」


「分かりますよね! うぇーってなりますよね!」


 どうでも良い話をしながら、2人がのんびり蝋封の印を押していく。

 庭では、じりじりしながら、忍が出来上がりを待っている。



----------



 すりすりすり・・・


 カオルの部屋に、小さく乳鉢の擦られる音。


(今夜の分はよし)


 呼吸に気を付けて、さらさらと紙の上に薬を垂らし、丁寧に畳む。


 すりすりすり・・・

 こんこん。

 すりすりすり・・・


(よし)


 酔い止めは、多めに作っておこう。

 しばらくは、呑まされる機会が多くなるはず。

 酔い醒まし、胸焼けを抑える物。

 薬が多くなれば胃腸にも害が出る。胃腸を整える薬も作らねば。

 頭痛薬も、睡眠薬入りとなしの分を作っておかねば・・・


 さらさら・・・


(1回分)


 すりすりすり・・・

 こんこん。

 すりすりすり・・・


 あと数回分はあるが、不足だろうか。

 どちらにしろ、材が少ない。買い足しに行かねば。

 薬剤屋は職人街。

 ついでに、ホルニ工房と、イマイ研屋に招待状を届けて・・・


 すりすりすり・・・


 今日は晴れている。

 イマイの所から、雲切丸を受け取ってくるか。

 鞘の掃除は、もう終わっただろうか・・・


 すりすりすり・・・



----------



 カオルが居間に戻ると、マツとクレールが何やら言いながら招待状に蝋封をしている。さすがに80枚となると、時間も掛かろう。お喋りでもしながらでなければ、たまらない作業だ。


「奥方様」


「カオルさん、お疲れ様でした。薬は出来ましたか?」


「とりあえずの分は終わりました。

 しばらく呑まされる機会も多くなりましょうし、先の事もあります。

 もう少し、酔い止めや頭痛薬などを作っておきたいのですが、材が足らず」


「お買い物ですね」


「はい。薬剤屋は職人街ですので、ついでにホルニ様とイマイ様の分を持って行こうかと思いまして」


「助かります。では、少々お待ち下さい」


 マツががさがさと招待状を出して、名前を確認し、蝋を垂らし、印を押す。

 ふ、ふ、と軽く蝋に息を吹いて、カオルに差し出し、


「よしっと。これがホルニ様の御一家と、イマイ様の分です。

 では、カオルさん、お願いします」


 カオルが頷いて受け取り、招待状を懐にしまって、薬の包を取り出し、


「こちら、ご主人様の頭痛薬です。夜の分ですが、早めに起てきましたらば。

 すぐに帰る予定ですが、お届け先で引き止められるかもしれませんので」


「ありがとうございます」


 マツが薬を受け取って、懐に入れる。


「もし、夕方より前に起きて来られました際、量は半分だけを。

 それと、一口でも良いので、何か腹に入れてからお飲み頂ますよう。

 睡眠薬も入っておりますし、胃腸が荒れるかもしれませんので」


「わかりました。でも、解毒術は効きますよね?」


「ああ、そうでした。何かありましたら、奥方様の解毒術で何とでもなりますね。

 丼一杯でも飲まねば、死ぬような物でもございませんし」


 ぷ、とクレールが笑って、


「丼一杯の薬なんて、何を飲んでも死んでしまいそうですね!」


「うふふ。そうですね」


「ふふ、では行って参ります」



----------



 職人街、ホルニ工房。

 今日も、かん、かん、とハンマーの音が聞こえる。


 がらり。


「失礼致します」


「あ、カオルさんじゃないですか。もしかして、またご注文?

 もう、私も主人もお腹いっぱいですよ!

 まさか、カゲミツ様のお孫様の守り刀を、うちではないとだなんて・・・」


 少し目を潤めて、にこにことカウンターのラディの母が笑う。

 カオルは頭を下げ、


「申し訳ありません。本日は、注文ではなく、お届け物を。

 マサヒデ様から、こちらをお預かりしております」


 懐から、招待状を取り出す。


「あら、これは・・・招待状? まあ、蝋封だなんて、かしこまって・・・」


「どうぞ、お改め下さいませ」


「はい」


 ぺり、と封を剥がし、中の文を読み、


「え・・・ブリ=サンク? パーティー?」


「はい」


「ええ!? ブリ=サンクでパーティーだなんて、どうしましょう。

 ドレスを作ってもらわないと・・・ああ、間に合うかしら・・・」


「奥方様、此度はパーティーと言っても、上流階級の方は多く来られません。

 冒険者ギルド、商人ギルド、町議会などの役職の方くらいです。

 中には御身分のある方もいらっしゃいますが、お知り合いの方が多いかと」


「ふう、そうですか・・・でも、やっぱり正装じゃないといけませんよね!

 ああ、急いでドレスを用意しないと!

 和服でも良いかしら!?

 ラディ、ラディの、丈を・・・」


 カオルは腰を浮かせたラディの母を手で止めて、


「ふふ、ドレスは必要ございませんよ。

 ラディさんは先日の羽織袴で。奥方様も、ご亭主も、和装で結構です。

 パーティーは洋装というイメージはありますが、和服でも失礼には当たりません。

 立食式ですので、うるさいテーブルマナーもお気になさらず」


「あら、そうなんですか? 助かりました・・・」


 ぽすん、とラディの母が腰を落とす。

 カオルは、ぽん、と胸に手を当て、


「私も、この格好で行きますので」


「ふう、それにしても、パーティーだなんて、緊張してしまいますよ。

 やっぱり、カゲミツ様もいらっしゃいますよね?」


「それは勿論です。此度はお七夜のパーティー。

 命名はカゲミツ様にお願いしております。

 このパーティーで、カゲミツ様より名を発表、という形で」


「お名前はカゲミツ様が! へえー!

 やっぱりカゲミツ様ですから、すごい名前をおつけになるんですかね?

 刀好きですし、何か、歴史ある名刀とかから取ったような?」


「さあ・・・私も聞いておりませんので、何とも。

 ですが、マサヒデという名も、カゲミツ様がお考えになりましたそうで」


「うふふ。何とかの国の守の何とかの何とかの何とか、なんて仰々しいお名前になったりして」


「ふふふ、さすがにそれはございますまい」


 ぽん、とカオルが手を叩き、


「おお、そうでした! 一番身分の高いお方には、既にお会いかと。

 ですので、そこはご安心下さいませ」


 え、とラディの母が招待状から顔を上げる。


「え? ええと、どなた様でしょう・・・?

 あ、ああ! お友達のハワード様ですね? 先日、騎士の方々を連れて来て。

 皆様、それはすごい鎧を着ておられて、主人も驚いておりましたよ」


「いえ。もっと大きな貴族の方に」


「え? ハワード様よりもですか? ええと・・・どなた様かしら・・・

 あ、マツ様ですね? 確か、貴族の方でしたよね」


 勿論、マツの事は秘密だ。

 マツは魔の国のどこかの地方貴族、マイヨールの出。

 魔王の姫だなんて聞いたら、卒倒してしまうだろう。


「ふふふ。いいえ、違います。クレール様です」


「クレールさん、あ、様って、あの、トミヤス様の奥様ですよね?

 銀の綺麗な髪の、赤い目の、ちっちゃな・・・」


「はい。今はもう、トミヤスで御座いますが。

 元の姓は、レイシクランと申しまして」


「レイ・・・ええと、申し訳ありません、あまり貴族の方々には詳しくなくて。

 どんな家の方かしら?」


「ざっくり言うと、魔の国で1か2くらいの大きさの貴族です」


「え!」


 驚いた後、ラディの母の顔がみるみる青ざめていく。

 誰に言っても驚く。失礼ではあるが、この反応は楽しいものだ。

 カオルはくすくすと笑いながら、


「レイシクランには『ワインのレイシクラン』という呼び名が御座います。

 秘蔵の逸品も出ましょうから、此度のパーティー、是非ともお楽しみに」


「ひゃい・・・」


「そうでした。クレール様ですが、特に身分を隠されておられる訳ではありませんが、あまり知られますと、そこら中から声が掛かってうるさい、と申しておられまして・・・此度のパーティーにも、誰が押しかけてくるか分かりませんし、あまりお話しにはなられませぬよう願います」


「わ、分かりました」


「では、私、まだ招待状をお届けする所が御座いますので、これにて」


 カオルが頭を下げ、からりと戸を開けて出て行った後、ラディの母の手から、ぱらりと招待状が落ちた。

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