第14話 二日酔い・1
翌早朝、魔術師協会。
「ぶっ!」
マサヒデが起き上がって、庭に駆け出た。
「ぐ、けっ・・・かふ・・・」
庭の隅に吐き出す。
吐き出た物から、酒の臭い。
吐瀉物は透明で、酒だけだ。
「う・・・」
ふらふらしながら、井戸に向かって歩き、何とか汲み上げて、うがいをする。
鼻の奥から、まだ酒の臭いがする。
水をすくって顔にかけ、ずずっと水を飲む。
「ん!」
急激に吐き気が襲い、また庭の隅に走り、水を吐き出す。
「くっ」
「ははは!」
カゲミツが縁側に座って、マサヒデを見て笑う。
「父上・・・おはようございます」
「もっと水飲んで吐け。いっぱいまで腹に水入れて、吐け」
「はい・・・」
ふらふらと井戸に向かい、ぐいぐいと水を飲み、また庭の隅に駆け出す。
「ふふふ」
飲んでは吐き出すマサヒデを見て、カゲミツがにやにやと笑う。
シズクが起きてきて、カゲミツの隣に座る。
「おっはようございまーす!」
カゲミツがマサヒデを指差して、
「くくく、見ろよあいつ! ははは!」
「うぷぷ・・・カゲミツ様、あれは呑ませすぎだって!
昨日の夜も吐いてたじゃん! あははは!」
「良いんだよ。1回あれをやれば、次から呑めるようになるんだ」
「そうなの?」
「そうなんだよ。俺もそうだったんだから」
「へーえ。じゃあ、次はマサちゃんと飲み比べしようかな」
「ははは! 人族がそこまで呑めるようになるわけないだろ!」
「なあんだ」
「全然呑めない奴が、普通に呑めるようになったってだけだよ」
「ざーんねん。呑み友達が増えると思ったのに」
えっほ、えほっ、とマサヒデが庭の隅でえづく。
「マサヒデ! もっと水飲め! 水飲んだら、指つっこんで無理矢理吐け!」
「あい・・・」
「ふふふ」
カゲミツの声で、クレールが起き上がり、
「あ! マサヒデ様!」
と声を上げ、ぱたた、とカゲミツ達の横を走って、裸足のまま庭に下りる。
「だっ、大丈夫ですか?」
「じゃない、けど、大丈夫、です」
ふらふらとまた井戸に向かい、桶から水をすくう。
クレールがマサヒデの背中に手を当てて、すりすりと背中を撫でる。
また、ふらふらと庭の隅に歩いて行く。
「くくく」
「おはようございます」
カオルがカゲミツとシズクに茶を差し出す。
「おう。おはようさん」
「昨晩はお呑みでしたが、朝餉は如何されますか」
「ん? 食うよ。あのくらいは平気だよ」
カオルが庭のマサヒデに目をやり、
「マサヒデ様は、必要なさそうですね」
「ははは! 吐かせといてくれ」
「では・・・」
立ち上がって、カオルが台所へ下がって行き、すぐにマツが起き上がってくる。
居間に顔を出した瞬間、
「あっ!」
と裸足で庭に飛び出して行く。
「ははははは!」「あーははは!」
カゲミツとシズクが大笑い。
ふらふらするマサヒデの横で、マツとクレールがマサヒデの背中に心配そうな顔で手を当てている。
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何度か吐いた後、マサヒデは縁側にばたりと倒れ込んでしまった。
マツが濡れた手拭いを額に乗せて、心配そうに覗き込んでいる。
「マツさん、平気だよ。少し寝かせとけば、すぐ起きる。
只の飲み過ぎってだけなんだから」
「でも、あの吐きようは」
「腹に残った酒を、無理矢理に水で流してただけだよ。平気平気。
ちょっと喉が痛くなるかもしれねえが、それだけだ。
あー、でも二日酔いにはなるな。ま、心配いらねえよ」
奥からアキが出て来た。
マサヒデが居間で寝込んでしまったので、奥の間にはマツとアキが寝ていたのだ。
「あら・・・マサヒデ? どうしたの?」
マサヒデの側に、アキが座り込む。
「ははは! ただの二日酔いだ!」
「あなたが呑ませすぎるから!」
「良いんだ。これで、次から呑めるようになる。
呑まなきゃいけねえ付き合いも、大分楽になる。
今日だけは、二日酔いでえれえってだけだ」
「もう・・・」
「いいか、こいつには、これから色んな場に出る事が増えるんだ。
こういう稽古もあるって事だ。これも親心よ」
「何が親心ですか! あんなに呑ませて!」
「ははは!」
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朝餉を済ませた後、クレールが用意させた馬車に乗って、カゲミツ達は帰った。
マサヒデは縁側で寝転びながら、くらくらする頭でカゲミツの話を考えていた。
(100年、200年、修行をしている武術家)
マサヒデは、長生きしてもせいぜい100年。
どんなに頑張って修行を続ける事が出来ても、あと50年が良い所か。
60を過ぎても伸びるだろうか?
腕が鈍っていかないように出来るくらいだろうか?
以前、シズクは、カゲミツの腕を、鬼の武術家相手でも勝てる、と言っていた。
本当だろうか。
カゲミツの言うように、ただ身体能力だけで武術家を名乗る者には勝てるだろう。
だが、本気で武術をやっている者には、カゲミツでも勝てないのか。
ここにいるレイシクランの忍達は、どれだけ生きているのだろう?
レイシクラン一族は、怖ろしく長命だ。
その令嬢の護衛に付く者となれば、精鋭揃いのはずだ。
皆、どれだけ修行を積んできたのだろう?
やっと、何とか、気配を感じる事は出来るようになった。
だが、立ち会った事はない。
彼らに面と向かって立ち会い、剣で勝てるだろうか。
額に乗せられた手拭いを取って、首を回して部屋の中を見る。
ほんの少し頭を回しただけで、ずきん、とくる。
オオタに呑ませられた時よりも、遥かにきつい。
マツとクレールとカオルは、小さな机を持ってきて、書類に向かっている。
お七夜のパーティーに誘う面々を考えているのだろう。
シズクは大の字になって、いびきをかいている。
マサヒデはゆっくりと身体を起こした。
「あ」
とクレールが気付き、マツとカオルもマサヒデの方を見る。
「もう少し、寝ていた方が・・・あ、奥で、布団で寝ましょう」
「いえ、もう大丈夫です。頭痛はしますが」
額を抑えながら、俯いた姿勢で膝に肘を乗せて、がっくりと起き上がる。
マツとクレールが立ち上がり、マサヒデの横に座った。
カオルが水を持ってくる。
「ご心配をお掛けしました」
少しずつ、ちびちびと水を飲む。
水を飲むマサヒデを、3人が心配そうに見ている。
「ご主人様、こちらを。吐き気に効くかと。飲めますか?」
カオルが小さく畳まれた紙を差し出した。
「ありがとうございます」
紙を開いて、中の粉を口に入れ、水で流し込む。
う、と少しえづいたが、何とか飲み込む。
少しして、胸のむかつきがすうっと楽になっていく。
「う・・・? 効きますね。もう、むかつきが取れてきました。
すごいですね。魔術みたいです」
カオルが頷いて、
「よう御座いました」
それから、黙ったまま、マサヒデはしばらく俯いていた。
少し風が吹いて、ちりん、と小さく風鈴が鳴る。
「剣、捨てましょうか」
ぽつん、とマサヒデが呟く。
「は!?」「ええ!?」
マツとカオルが驚き、声を上げた。
クレールが黙ってマサヒデの横顔を見ている。
「父上の話、覚えてますよね・・・
100年、200年も修行してるって・・・
私、どう頑張っても、あと100年も生きられません。
父上が、足元にも及ばない。そんな人がごろごろいるなんて・・・」
「マサヒデ様」
と、横から、クレールが声を掛ける。
そして、くす、くすくす、と笑い出した。
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