第11話 暗殺道具
足取り重く、マサヒデ達は魔術師協会に帰って来た。
数日もしたら、そこら中からパーティーに祝の品に、と大忙しになるのだ。
皆、ぽすん、と座布団に座り、カオルが出してくれた茶を啜る。
「ふうー・・・マサヒデ、まあ、後の事は忘れてよ、今日は呑もうや!
明日からの事は、明日考えりゃあ良いんだ」
「はい・・・」
ずーん、とマサヒデの顔が沈んでいる。
クレールがマサヒデを心配そうに見て、
「マサヒデ様、何でしたら、広いお屋敷を持つ所にお願いして、そこで貴族を集めてパーティーを開くようにすれば、一度・・・で済みますから。多分・・・」
「お、クレールさん、頭良いな。マサヒデ、そうしとけ。
毎日、あっちこっちに行ってたら、さすがに身体が持たねえぞ。
マツさん、クレールさん、早いうちに見繕って、連絡しといてもらえるか?
話が広まって、向こうから連絡くるようになったら、大変だ」
「はい」「お任せ下さい」
カゲミツがにやにやしながら、
「は! マツさんとクレールさんが嫁で、ほーんと良かったなあ、マサヒデ」
「はい」
「で、今日はどうする? どこで祝う? ブリ=サンクか?」
稽古着のままのカゲミツがにやにや笑う。
まさか、この稽古着でブリ=サンクに行くつもりだったのか?
にこっとマサヒデは笑って、
「いえ。私は三浦酒天にしたいと思います。
マツさん、クレールさん、良いですよね。
あの店の方が、私達らしいと思いませんか?」
「うふふ。さすが、マサヒデ様は良い所を選びますね」
「はい! 私も三浦酒天が良いと思います!」
2人もにっこりと笑う。
「じゃあ、今のうちに席の予約だけしておきましょうか。
カオルさん、7人分を頼みます。
もし三浦酒天で席が取れなかったら、虎徹にしましょう」
カオルも笑って、
「は」
と頭を下げ、ささーっと出て行った。
お、と興味深そうにカゲミツは身を乗り出し、
「三浦酒天は知ってるが、虎徹ってのはどんな店だ?」
「船宿です」
「船宿? 船宿で食えるのか?」
「ええ。職人街の人達が集まるので、酒や飯を出すようになり、今は美味いと評判の店ですよ。軍鶏鍋や魚が絶品で、酒も美味しいんです。イマイさんの店の、橋を渡った反対側ですね。先程、前を通って来ました」
「ほうほう」
「実は、お奉行様から教えてもらった店なんです。お墨付きです」
ん、とカゲミツが首を傾げて、
「今のここのお奉行様って、鬼のノブタメの、タニガワさん・・・だったよな?
お前、よくお近付きになれたな。国中で有名な名奉行さんじゃねえか」
火付盗賊改の奉行は、1年か2年で別の市町村に異動し、次の者が役につく。
同じ場所で長く奉行を務める者はほとんどいない。
今の、というのは、火付盗賊改の奉行がころころ代わるからだ。
「以前、殺しがありまして。それがどう殺されたのか分からず、偶然通りかかった私に、何か分かるか、と同心の方から声がかかりまして、そこから」
「ほお? で、どんな殺しだったんだ?」
「忍か、そういう職の専門家による仕事でした。
見た目は、全く殺しだと分からない殺し方だったんです。
カオルさんが戻ったら、使ったと思われる得物を見せてもらいましょうか。
忍の世界では特に珍しくないそうなので、普通に見せてくれますが・・・
私も、あれには驚きましたよ」
「そんなにすげえ得物なのか?」
「父上でもご存知ないのでは、と思います」
「俺でも知らねえってか・・・ふうん、面白そうだ」
にやりとカゲミツが笑う。
「そうだ、得物と言えば、カオルさんが変わったナイフを持ってますよ。
あ、今はイマイさんに艶消しを頼んで出しています。
ええと、何とかナイフ・・・名前は忘れましたが」
「ナイフ?」
ああ、とマサヒデは思い出して、
「あ、そうそう、曲がり苦無でしたっけ。
それと全く同じだと言ってましたが」
カゲミツはちょっと驚き、
「何? おいおい、カオルさん、そんな物騒なもん持ち歩いてたのか?
カオルさんは『そっちの仕事』じゃねえだろ?」
「そうでしょうけど、扱いの練習はしておきたいと。
どう使うか見せてもらった時は、血の気が引きましたよ。
ねえ、クレールさん?」
「怖かったですねー。ラディさんなんか、顔を真っ青にしちゃってましたよね」
ふう、カゲミツは溜め息をついて、
「やれやれ・・・道場でそんなもん出してもらいたくねえな。
いや、こういうのもあるって見せとくのも良いか」
がらり、と玄関が開く。
「おっ!」
と、カゲミツが顔を上げる。
カオルが廊下に手を付いて、
「只今戻りました」
「どうでした? 席、取れました?」
「はい。酉の刻より」
マサヒデはにっこり笑って頷き、
「うん、良かった。今夜は美味しいものが食べられますね。
父上、酒も美味いですから、楽しんで下さい」
「ははっ! マサヒデ、気が効くようになったな」
「そうそう。カオルさん、先日の殺しの件、覚えてますよね。
商人が殺されてしまった時の」
「え? ええ、勿論」
「あの得物、父上に見せてもらえます?
特に珍しいものではないんですよね」
「あ、ご興味がおありですか」
「おう、見せてくれよ。マサヒデ、俺でも知らねえだろうなんて言うんだ」
ふ、とカオルは笑い、
「確かに、忍の世界では珍しい物では御座いません。
ですが、表立って出ることはまずありませんので・・・」
「ほおーう。カオルさんも、知らねえんじゃねえかって言うのか」
「はい」
カゲミツはにやっと笑って部屋を見渡し、
「だとよ! 皆、よく見せてもらおうじゃねえか。
どんな物騒な得物かなあ?」
「では、少々お待ち下さい」
くす、とマツが笑う。
クレールもわきわきしながら、
「うわあ、また怖い物ですかね?
それとも、こないだの隠し武器みたいに、かっこいいのですかね!」
マサヒデが笑って、
「怖ろしい武器ですよ。あのナイフよりも」
「ええー!」
「ふふふ、お待たせしました」
カオルが座って、ぱらりと平たい包みを開く。
いくつか、錐のような物が並んでいる。
カゲミツとクレールが顔を近付け、
「んん?」
「なんですか、これ?」
「暗殺用の物です」
「暗殺!?」
ぎょ、とクレールが顔を離す。
カオルがひとつを手に取って、前に出して、
「さて皆様。こちらの針、目を近付けてよく御覧下さい」
皆が近寄ってきて、顔を近付ける。
カゲミツはすぐに気付き、
「んー? これ、刃があるな・・・刺すんだよな?」
「如何にも」
「だが、こんなに薄っぺらい・・・お? ちょっと待て」
カゲミツが刃先に指をあて、くい、と少しだけ指を動かし、離す。
ぴいん、と刃が震える。
「おお? カオル、すごいな、これ・・・」
と、シズクが驚いて顔を上げる。
カゲミツは頷いて、
「なるほど、柔らかい。しかし、これどう使う?
当然、斬りつけるんじゃあねえよな。
この細さだ。いくら柔らかいっても、曲がるか折れるか。
刺しても、こんなに細い傷じゃあ、何ともねえだろ?
すぐに肉が閉まっちまうし、治癒魔術も必要ねえ」
「そうですよね?」
クレールも首を傾げる。
マツやシズクも、はて? と首を傾げている。
にやりとカオルが笑う。
「ふふふ。流石のカゲミツ様もご存知ありませんでしたか。
これで、素早く心の臓を一突きします。
このように、薄く細いですが、服の上からでも、十分いけます。
刺された者は、ちくりと感じるか感じないか」
「ふむ? てことは、毒か?」
「いえ。毒など必要御座いません。
心の臓は常に大きく動いております。
このような小さな傷でも、大きく動いておれば・・・」
「む!? そうか・・・そういう事か」
「え? お父上、どういう事です?」
マツが顔を上げる。
カゲミツは頷いて、
「心の臓は休み無く、大きく動いてる。
ほんの小さな傷でもつけられてみろ。
傷がどんどん大きくなるよな。
で・・・最後には、心の臓が破れるってわけだな?」
「如何にも」
「なるほどな・・・」
こく、と皆の喉が鳴る。
カゲミツは針を指差し、
「こいつの怖ろしいとこは、それだけじゃねえ。
心の臓が破れて死んじまうまでに、時間が掛かる・・・だよな?」
「流石はカゲミツ様。ご明察です。それ故、毒は使いません」
「え? え? どういう事でしょう?」
カゲミツは眉間を寄せて頷き、
「死ぬまでに時間が掛るだろ? しかも刺されたか分からねえくらいの痛みだ。
下手人は、悠々と逃げられるんだよ。
とっくに離れた所で、刺された奴が死ぬ。
毒も何もねえし、何の疑いもかからねえって訳だな」
カオルが凄みをきかせて、にやっと笑い、
「その通りです。
マツ様やクレール様のように、何の毒が効くのか分からない。
そんな方々でも、心の臓の場所は分かりますから・・・という訳です。
刺した痛みも、ちくりとする程度。何か引っ掛かったかな? 程度です。
刺されたと分からなければ、治癒魔術をかける暇も御座いませんね。
何かおかしい。胸が苦しい。毒か?
気付いて解毒術をかけても無駄。
その頃には既に心の臓は・・・胸の内は血の海に、という訳で・・・ふふふ」
「・・・」「うへえ・・・」「まじかよ・・・」
マツ達が冷や汗を垂らす。
「ふふ。シズクさんには刺さりませんから、ご安心下さい」
「そうかあ! ふー、良かったあ・・・」
カオルは道具をしまいながら、
「マツ様。クレール様も、着込みを着ていない時は要注意ですよ。
ま、近付く事が出来る者も少ないでしょうが、先日の手練もおりましたし。
胸にちくりと感じたら、まずは軽く治癒魔術、で済みますので」
「はい・・・」
マサヒデがにやにや笑いながら、
「ふふふ。どうでした、父上、皆さん。
恐ろしかったでしょう?」
カゲミツは締まった顔で頷いて、
「む。良い勉強になったぜ。カオルさん、ありがとよ。
他にも見せて良いって得物があったら、また見せてくれ」
「ふふふ。毒の類などは如何ですか?
製法はお教え出来ませんが」
「はーっはっは! 怖え怖え!
カオルさんを敵に回したくはねえな!」
「私がカゲミツ様の敵に回れるなどと・・・
お褒め頂き、ありがとうございます」
「ぷーっ! 聞いた? お褒め頂きだって! わははは!
夜道じゃ、背中に注意しねえとな!」
「ふふふ。カゲミツ様を、夜道で襲える方がおられるのですか?」
カゲミツはひらひらと手を振って、
「おお、いるいる! 俺より強い奴なんて、いくらでもいるぞ」
「えっ」
カゲミツより強い者が、いくらでも?
さすがに、皆も驚いて、笑いを止めてカゲミツを見た。
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