第四章 祝いの酒
第12話 祝いの酒・1
カゲミツよりも強い者が、いくらでも。
そう聞いて、皆の笑いが止まった。
シズクが前のめりになり、
「カゲミツ様より強い人がいくらでもって、冗談・・・」
ふふん、とカゲミツが鼻で笑う。
「じゃ・・・ないんだ」
「そうともよ。ま、話してやっても良いが・・・」
カゲミツが外を見る。
もう夕刻。予約の酉の刻だ。
「ま! 呑みながらといこうや!
三浦酒天は、すぐ近くだろ? 行こうぜ!」
ぱ! とカゲミツが立ち上がった。
----------
「はっはっはー! さあ、行こうぜ!」
腕組みをして、カゲミツが高笑いをし、皆がぞろぞろと出ていったが・・・
(マツさん)
ぴ、とカゲミツがマツの裾を引っ張る。
「?」
マツが足を止めて振り返ると、カゲミツが「ごめん」と片手を上げ、
(ごめん、急いで出て来たから、金持ってないんだよ・・・貸してくれる?)
くす、とマツが笑い、ちらちらと廊下を見て、
(大丈夫です。今日はお店の皆さんに、奢っちゃいましょう!)
(お、おお? 豪気だな・・・大丈夫か?)
(大丈夫ですよ。お父上、かっこよくお願いします)
(すまねえ!)
(うふふ。マサヒデ様のお財布をお借りしちゃいますから)
にっこりとマツが笑う。
にや、とカゲミツが笑う。
(やるな、マツさん。帰ったら借りた分、送るから、こっそり戻しといてくれ)
(お祝いですもの。ばれたって、マサヒデ様はお許し下さいます)
カゲミツが、ん、と小さく頷いて、ぴし、と背筋を伸ばし、
「よし! 行こうぜ!」
「はい! 久しぶりのお酒、楽しませて頂きますよ!」
----------
魔術師協会から、少し歩けば三浦酒天。
一見、只の安居酒屋だが、ここは料理も酒も絶品。
舌の肥えた貴族も、お忍びで通うほどの店。
『食のレイシクラン』という看板を持つクレールをも唸らせる程の・・・
がらっ! ぱしーん!
「やあやあ、店の皆、聞いてくれ!」
どん! とカゲミツが満面の笑みで、店の入り口で仁王立ち。
しーん・・・と店が静まり返った。
店員も呆気にとられて、カゲミツを見つめている。
「俺の名はカゲミツ=トミヤス! 知ってる奴もいると思うが、剣聖だ!」
ざわっ・・・
「ちょっと! 父上!」
後ろでマサヒデがカゲミツの裾を引っ張るが、ぱん、と手を払い除け、
「今日は我がトミヤス家にめでたい事があった!
皆にも祝ってもらいてえ!
何が何だか分からねえと思うが、とにかく勘定は俺が持つぜ!
さあ! 皆の衆! 好きなだけ食って呑んでくれ!
酒樽を開けろ! 店をすっからかんにしてくれ!」
うおおお! と店の中から歓声が上がった。
「うぁはははは! さあさあ! 呑んでくれ! 食ってくれ!」
「父上!」
「おう、予約席に頼む」
「は、はい! こちらです!」
「父上!」「あなた!」
「わーはははは!」
カゲミツは呼び掛けを無視して、高笑いしながら店の奥へ入って行く。
シズクも後を付いて行き、
「あははは! さすがカゲミツ様! かーっこいいー!」
「だろ? こういう時は派手に行かないとな!」
「私も呑んで良いんだよね?」
「ったりめえだよ! 好きなだけ呑んでくれよ!」
「あははは! カゲミツ様、こないだ、私とクレール様だけで、虎徹のお酒、全部呑んじゃったよ? 大丈夫ー?」
「え? まじで?」
「ほんとほんと」
「なんてこった、困ったな、それじゃ酒が足りねえよな・・・」
どすん、どすん、とカゲミツとシズクが座る。
「父上!」「あなた!」
マサヒデとアキが席に駆け込んできて、
「どういうつもりです!?」
「そうですよ! いくらかかると・・・」
「どういうって、祝の席じゃねえか。金なんか良いんだよ。
たくさんに祝ってもらいてえんだ。
ほら、とにかく、座れよ」
「・・・」
マサヒデとアキが顔をしかめて座る。
「うふふ。さすがお父上、豪気ですのね!」
マツがタマゴを抱えて席に上がってくる。
「お父上! かっこいいです!」
クレールがにこにこしながら、席に座る。
カオルも座敷に上がってきて、マサヒデの後ろにぴたりと座り、
(虎徹。店の酒)
以前、虎徹で飲み比べ勝負をして、店の酒が全部なくなってしまった。
こく、とマサヒデが頷いて、
(店員に多めに金を。今のうちに酒の追加)
(は)
す、とカオルが立ち上がり、店を出て行く。
「あ、カオルさん、何だよ」
「すみません、急用だと。すぐ戻ります。
それより父上、店の全員に奢りだなんて、何をお考えに」
「ここはブリ=サンクじゃねえんだ、大した事ぁねえ」
ふん、と鼻を鳴らしてお品書きを取り、店員に渡し、
「上から全部持ってきてくれ。あと、酒樽ひとつ」
「え!?」
「あ、酒樽ふたつにするよ。とりあえず」
「と、とりあえず・・・ですか・・・?」
「おいおい、良く見ろ。鬼族とレイシクランが居るんだぞ?
酒樽ふたつで足りると思うのか?」
「は・・・」
店員が席を見る。
鬼は一目で分かる。
レイシクランは、確か銀髪で、目が赤い・・・この子?
カゲミツは、ぽん、とクレールの肩に手を置いて、シズクをくい、と親指で差し、
「なあ、あんた、虎徹って店、知ってるだろ? 同じ飲み屋だし。職人街の店」
「え、まあ、はい。知ってますが」
「こないだ、この2人だけで、店の酒、すっからかんにしちゃってるんだから」
「え! じゃあ、飲み比べしてたって、こちらの?」
「そういう事! てことで、樽で頼むぜ!」
「は、はい!」
ぱたぱたと店員が下がって行く。
「あははは! カゲミツ様、ありがと!」
「えーっへっへー。さすがお父上です! 頂きますよ!」
にこにことシズクとクレールが笑う。
「はーっはっは! 二人共、また店の酒、すっからかんにしてもいいぜ!」
「ぃやったー!」
「うわーい!」
はあ・・・とマサヒデが頭を息をつき、アキが頭を抱える。
「おいおい、アキ、マサヒデ、そんな顔するな。
蔵の物、1本か2本売れば釣りが出るんだ」
「ええ・・・」「はい・・・」
「こういう時にこそ、使わねえと。その為に置いてあるんだ」
「・・・」
じっとりと、マサヒデとアキの目がカゲミツに向く。
から、と静かに戸が開き、カオルが店員に何事か囁き、小袋を手渡している。
店員が、うん、うん、と頷いて小袋を受け取る。中身は金貨だろう。
「中座して、失礼致しました」
と、カオルが戻って来て座る。
「お、もう良いのかい?」
「はい」
「じゃ、酒を待とうぜ・・・っと、来たなあ」
がらがらと店員が台車に乗せて酒樽を持ってくる。
よいしょ、と下ろして、ぱかん! と蓋を割り、
「お待たせしました! ひとつ目の樽で御座います! こちら盃でーす!」
と、皆の前に盃を置いて、
「すぐ、ふたつ目持ってきますねー!」
「おう! ありがとな!」
店員が台車を押して下がって行き、シズクが膝立ちで樽の前に進んで、
「さあさあさあ! 呑もうよ! 皆、盃!」
「おう!」
カゲミツの盃を受け取って、ざぶん! と手を突っ込む。
「はいカゲミツ様! さ、アキさん!」
アキが恐る恐る盃を出して、
「あの、私は半分くらいで・・・」
「ええ? 半分?」
「はい、半分くらいで・・・」
「んー、そう?」
シズクが「ちゃぷ」と盃を入れて、半分程入れ、
「はい、どうぞ! マサちゃん!」
「私も半分で」
「馬鹿野郎! 今日の主役はお前とマツさんだ! ぐっといけ、ぐーっと!
さ、シズクさん、頼むぜ」
「ほいきた!」
ざぶん! ずいっ。
「さ、マサちゃん! もう諦めて!」
「ははは! 諦めて、ときたぜ!」
「は・・・」
「マツさん!」
「なみなみとお願いします」
「さっすがマツさん! 話せるー!」
ざぶん! ずいっ!
「よおーし!」
クレールも盃を突っ込む。
「シズクさん! 今日は決着つけますよ!」
「乗ったっ!」
シズクも盃を突っ込む。
「ん?」
静かに茶を飲むカオル。
「そうだ、カオル、お前どうする?」
「私が呑むと、どこかに消えますよ」
「なあ、今日くらい、普通に呑まない?」
カオルは、つん、と澄ました顔で、
「いえ。今日くらい、という考えが危険の元ですから。
カゲミツ様、マサヒデ様、申し訳ございません。そういう仕事ですので」
「む・・・ううん、まあ・・・仕方ねえな。
さあ、盃を上げてくれ!」
ぐ、と皆が盃を上げる。
「さ、マサヒデ。乾杯の音頭だ。お前だよ、お前」
「え? あ、じゃあ、乾杯」
「乾杯!」「乾杯です!」「かーんぱーい!」「乾杯」「乾杯」「乾杯!」
「あははは! クレール様、行くよ!」
「よおし!」
酒盛りが始まってしまった。
少し遅れて、店中がマサヒデ達に向かって「乾杯!」と大声を上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます