第9話 守り刀、注文・2
職人街、イマイ研店前。
マサヒデとカゲミツが玄関の前に立つ。
「おい、マサヒデ」
「はい」
「ここ?」
「はい。そうですが、何か」
カゲミツが胡乱な顔で玄関を指差す。
「いや、看板はあるけどよ・・・ボロい一軒家じゃねえか」
「お一人でやっておられますので」
「・・・にしてもよ・・・本当か?」
「腕は本物ですよ。父上も良くご存知でしょう?」
「ああ、良く知ってるよ。知ってるけどよ・・・ここ?」
「ここです」
ぽん、とカゲミツは手を叩き、
「あー、あれか! 気難しい感じの、隠居したジジイだな? 仙人みてえな。
刀が好きすぎて変態って聞いたが、そういう奴か」
「いえ。父上よりもお若いかと。
とても気さくな方ですよ」
「ああーん?」
カゲミツが後ろのカオルに振り返って、
「なあ、カオルさん。ここ?」
「はい。ここです」
「ん・・・ううん・・・」
「父上、入れば分かります。
お会いになれば、きっとすぐに気が合いますよ。
何せ、父上以上に刀が好きな方なんですから」
「本当かあ? 何か不安になってきたぞ」
後ろからカオルが声を掛ける。
「カゲミツ様。本当です。
魔術師協会にも、足を運んでもらっております。
とても気さくな方ですよ。そうですよね、クレール様」
クレールもにっこりと頷いて、
「本当ですよ! 先日も、すごく綺麗な刀を見せてくれたんです!
抜き打ちもすごかったんです!
お話ししてても、楽しいんですよ!」
「カゲミツ様。イマイ様は、ナミトモを預かる程の腕前です。
私も見せて頂きましたが、怖ろしい程の研ぎです。
職人大会で何度も入選していると聞きましたが、優勝もおかしくない腕です」
「何? ナミトモをか・・・
確かに、ナミトモを預かるっちゃあ、普通の腕じゃねえな。
でもよ、その職人が・・・ここ?」
マサヒデはふう、と溜め息をつき、
「父上、くどいですよ。
腕に道場の大小は関係ない、と言うではありませんか。
職人の腕も同じだとは思いませんか?」
カゲミツが渋い顔をして、
「む、マサヒデ、言うようになったな。
お前の言う通りだ。よし・・・つってもよ」
カゲミツが振り向く。
マサヒデ、カゲミツ、アキ、マツ、クレール、カオル、シズク。
「うん、入れねえな」
「まあ、2人ですね。母上、私がタマゴを」
「マサヒデ、落とすんじゃありませんよ」
「落としませんよ」
よ、と受け取って、タマゴを抱く。
「父上、開けてもらえますか」
「おう」
がらり。
「こんにちは! トミヤスです!」
「はーい!」
良かった。
もしかしたら寝ているかも、とマサヒデは少し不安があった。
少しして、いつもの作務衣のイマイが出てきて、玄関に座る。
「どうも、トミヤスさん! あ、おきゃ・・・く?」
あ! とイマイが目と口を真ん丸に開いた。
震える手で、カゲミツの腰の三大胆を指差す。
「そ、それ・・・それ・・・もしかして、もしかして」
「お、おう・・・?」
急変したイマイを見て、カゲミツが驚いている。
「はーあ! はーあ!」
イマイの呼吸がおかしい。
手だけではなく、身体まで震えている。
「イマイさん?」
「さーん、さん、さん・・・三大胆!?」
「ああ・・・うん、そうだけど」
「あ、あ、ああ・・・さん・・・ああーっ!」
イマイが大声を上げ、道を歩く人達が足を止める。
「か、か、カゲミツ? 様? 剣聖? カゲミツ様? お父さん?」
マサヒデが頷き、
「そうです。父上です」
「うっそ! あ! 失礼しました!」
ば! とイマイが頭を下げる。
カゲミツがちら、とマサヒデを見て、
「これ?」
「はい」
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「すーっ・・・どうぞ!」
イマイが茶を差し出す。
「どうも」
「おう、すまねえな」
ふーん、とカゲミツが部屋を見回す。
拵えを見ても、どれも一級品ばかりだ。
中身も相当の作だろう。
「こんな狭い所で、申し訳ありません!」
「や、気にしないでくれ。今、この部屋を見て分かった。
イマイさん、あんた、一級だな。本物だ。
ぶっちゃけて言うが、玄関前で思いっ切り疑っちまった。すまねえ」
「とんでもない! 私なんか、まだまだです」
カゲミツがにやっと笑って、
「ほほーう。あんたが研いだホルニさんの作、頂いたよ。
俺、思わず固まっちまったけどな。
俺の目が曇ってるってか」
「いやいやいやいや!」
イマイがぶんぶんと顔の前で手を振る。
「ははは! 冗談! 冗談だって!
あの研ぎでまだまだって言えるのは、中々だぜ」
「あ、あー、ありがとうございます!」
「さって・・・と。今日はよ、あんたの腕を見込んで、注文があってだな」
ば! とイマイが顔を上げる。
「え! 僕ですか!?」
「そうだ。あんただ」
「な、な、何を!? 何をお研ぎすれば・・・」
「うん、守り刀だ」
「守り刀・・・というと、どなたかのお祝いで」
「そうだ。マサヒデの息子。つまり、俺の孫の守り刀だ」
「え!」
ば! とイマイがマサヒデの方を向く。
マサヒデが黒いタマゴを抱いている。
タマゴから、黒いもやが垂れている。
このもやには見覚えがある。
そうだ。マツが怒った時の・・・
「トミヤスさん? それ、そのタマゴ、もしかしてーだけど・・・マツ様?」
「はい」
「ええ!? いつ!? マツさん、そんな、お腹、全然・・・ええ!?」
「今朝です」
「は!?」
「今朝、産まれました」
「ええー!? いや、ちょっと待って。さっき、外に居たよね?」
「はい。マツさんは魔族ですよね。私達、人族の出産と全然違うんですよ。
これ、お腹から出た後に少し大きくなったんですけど、鶏のタマゴくらいで」
「ほ・・・ほう?」
「ことん、と落ちて、終わりでした。
マツさんには、痛みも何もなく、体力の消耗も一切。
もうお酒も呑んで良いって、健康そのものです」
「へ、へえー・・・」
「今朝、シズクさんが皆に伝えに走り回ってましたけど、この店の場所、知りませんでしたからね。お報せも兼ねまして」
イマイはにこっと笑って、
「そうかそうか! おめでとう、トミヤスさん!
カゲミツ様も、おめでとうございます!」
「ありがとうございます」
「おう! ありがとうよ!」
「そうかあ、トミヤスさんも、ついにお父さんかあ・・・うんうん」
イマイがにこにこしながら、腕を組んで頷いている。
カゲミツが咳払いをして、
「ん、んんー! で、注文の話、良いかい?」
「あ、あ! 失礼しました!」
「話した通り、ここにいる孫の守り刀だ。
さっき、ホルニさんに注文出してきた。
あんたに、その研ぎを頼みたい。どうだい?」
「僕で?」
イマイが自分を指差す。
「そうだ。打ち終わるのがいつか分からねえが、このタマゴ、産まれるのに何年かかるか分からねえ。時間はたっぷりあるから、最高のを頼む、と頼んできた」
「最高の、ホルニさんの・・・」
「守り刀だが、小刀ではなく、普通の打刀にしてもらう。
あんたには、その刀に最高の研ぎを頼みたい。
どうだ。この注文、請けてもらえるか」
「すみません、念の為、確認しますけど、僕で?」
「そうだ。さっき言ったが、あんたの研ぎは、ホルニさんの刀で見せてもらった。
どうだ、頼めるか」
「僕の研ぎで、カゲミツ様の、お孫さんの、守り刀」
「そうだ。金と時間はいくら掛かっても構わん。
あんたに研いで欲しいんだ。駄目か」
き、とイマイの顔が締まった。
じっとマサヒデに抱かれたタマゴを見つめる。
「トミヤスさん。お子様、抱かせてもらって良いかな」
「どうぞ」
マサヒデがそっとタマゴを差し出す。
イマイが恭しく受け取って、じっと見つめた後、そっと抱いた。
しばらく、そのまま目を瞑る。
マサヒデとカゲミツは、イマイの様子を黙って見ている。
「・・・良し」
イマイが頭を下げ、マサヒデにタマゴを返し、手を付いて頭を下げた。
「この注文、有り難くお請け致します」
「そうか。よろしく頼む」
「全身全霊をかけて、研がせて頂きます」
にやっとカゲミツが笑い、
「よし! 注文請けてくれて、ありがとよ!
ところでさあ・・・あんたの所、良いのがあるんだって?」
「え? ええ、まあ、ほとんどお客さんのですが」
ちら、とイマイがマサヒデに目を送る。
マサヒデが小さく首を振る。
雲切丸は見せるな、だ。
「聞いたぜえ。ナーミートーモ! まだあるのか?」
「あ、はい。あります」
にやにや。カゲミツが嫌らしい笑みを浮かべる。
「ふっふっふーん。どおー? 見たくなあい? 三、大、胆!」
「えーっ!」
イマイが仰天して目を見張る。
「人待たせてるからさ、ちょっとだけ、な!
お互いにさ、ちょっとだけ。
道場に来たら、他にも見せちゃうぜー! な、今日はさ、ちょっとだけ!」
驚いていたイマイが少しずつ前屈みになり、にやあっと笑って、
「じゃあ・・・ちょっとだけ・・・ふふふ」
「ははは! 話せるな! マサヒデよ、お前、良いお友達が居るじゃねえか」
マサヒデは渋い顔で、
「父上、イマイさん、皆さん待たせてるんですから、少しだけですよ」
「分かってるって! な、イマイさん」
「そおーですよおー! トミヤスさん、分かってますともー!」
言いながら、イマイが引き出しを開けて、ナミトモを取り出す。
2人の顔は、絵に描いたような悪徳代官と悪徳商人だ。
当然、こうなるとは分かっていたが、早めに切り上げさせなければ。
「う!? おお・・・おお! これがっ・・・三大胆・・・」
「・・・これは・・・これ、初期の作じゃねえか?」
「む! 流石はカゲミツ様! 一目でお分かりとは!?
作刀を始めたての、ユキマサと名乗ってた頃の作なんですよ」
「ううむ・・・ユキマサ時代のか! いや、やはりナミトモは見事だ。
作刀始めたてでこれだもんな・・・
それにこの姿、とても新々刀の作とは思えねえ」
「この三大胆も凄い・・・ちょっと、無礼を。カゲミツ様、失礼します」
イマイが刃を上にして寝かせる。
こうしてみるのは、鑑賞の作法では無礼とされる。
だが、カゲミツはそれを見て、にやりと笑った。
片目でじっと刃を見ていたイマイの目が、ばちっと見開かれる。
「はあーっ!? う、嘘でしょ! 全く、全く曲がりがない!
歴史ある刀なのに、何度も戦で使われているはずなのに・・・
ええ? いや、おかしい。全くないぞ・・・」
「ふふふ。だろお? 三大胆は、全く抵抗なく斬れるんだ。
だから、斬っても曲がる事なんてねえ訳だ。当然、ヒケ瑕もつかねえ。
ま、下手な奴だと、抜く時に付いちまうだろうがな」
「奇跡だ・・・これ奇跡の刀ですよ、これ。
1000年くらい前の刀とか言われてますよね。
700年、800年とか、色々と説はありますけど。
どの説にしろ古刀なのに、ほっとんど研がれてませんよね」
くる、と刃を横に向け、じっと眉根を寄せて、目を近付け、
「もしかして、打ち上がりに研いだ時だけかな・・・いや、まさかな・・・
いやいや、さすがにそれはない・・・いやでも、三大胆なら・・・」
くる。棟の方から目の前に持っていく。
「いや待て、傷は付かないにしても、錆とかは・・・
いやでも、ここ・・・んん? ここの肉置きが、これ全く・・・」
「そこよ、そこ。流石、あんたは目が違うな!
そこから、ここんとこまで良く見てみろ・・・」
カゲミツが指差して、イマイが眉間に皺を寄せたまま目を向ける。
このままだと語り合いが始まってしまう。
「父上。イマイさん。お楽しみの所、申し訳ありませんが」
「む」
「皆さんが待ってますから」
「む、むう・・・」
カゲミツがナミトモを納める。
次いで、イマイが三大胆を納める。
「ふうー・・・」「ふうー・・・」
と、2人が息をついた。
「さあ。父上。
イマイさん、また道場へお運び願えますか」
「勿論! 勿論ですとも! カゲミツ様、近いうちに!」
「おう! すまねえな、今日はさ、人、待たせてるから・・・よ」
「いえいえ! ありがとうございました! 眼福でした!」
「じゃ、またな!」
「ありがとうございました!」
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