第三章 守り刀

第8話 守り刀、注文・1


 職人街、ホルニ工房前。


 カゲミツが店を眺めながら、


「へーえ・・・ここが、あのホルニさんのねえ」


「そうです」


「あの、ラ、ラディ・・・何とかちゃん、眼鏡の、背え高い。娘さんだったな」


「ラディさん、で構いませんよ。皆からそう呼ばれています」


「ん、そうか。舌噛みそうだから、助かるな」


 かん! きん! かん! きん! と、音がする。


「打ってるなあ」


「刀は、ホルニさんの趣味だそうで」


「趣味?」


「普段は冒険者さん向けの、剣とか槍とか、そういうのしか作っていません。

 あの刀、売り物ではなかったんですよ。

 冒険者さんには、刀を扱う方は少ないですから、刀では食っていけないと」


「ううむ・・・そうだったか。それを譲ってもらったってわけか。

 あ、いや。前にそれ聞いたっけか?

 だが、聞いちまった以上、俺は貴族の連中にこっそり広めちゃうからな。

 でもよ、まずは守り刀を打ってもらわねえとな」


「ふふふ。ホルニさんも喜びますよ」


 がらり。


「こんにちは」「失礼します」「邪魔するぜー」「失礼致します」


 マサヒデ、マツ、カゲミツ、アキが店に入る。

 他の皆は、店の邪魔なので、外で待っている。

 いつも通り、ラディの母がカウンターに居たが、驚いて顔を上げ、


「あ! トミヤス様! 鬼の方から聞きましたよ! 奥方様がって!」


「はい。ご心配をお掛けしてしまったみたいで」


 後ろでマツが頭を下げる。

 隣に、タマゴを抱きかかえたアキ。


「あの・・・そちらの皆様は?」


「こちら、私の父上です」


「どうも! カゲミツ=トミヤスです。

 いや、先日はすごい刀をこのバカ息子から頂きまして。

 ご亭主の打った作だと聞いて、本日は是非ご挨拶にと」


 ラディの母が仰天して蒼白になり、


「かっ、かっ、カゲミツ様!? こここんな汚い店に、申し訳ありません!」


 ぷ、とカゲミツは吹き出して、


「いやいやいや、そんなに慌てないで下さい。

 ただの田舎道場の主ですので」


「すぐにお茶を、お菓子を!」


「いや、構いません。今日は、注文に来ただけです」


「ええー!? カゲミツ様から、ご注文ですか!?」


 マサヒデがカゲミツを見て、


「父上、その前に、見せるものがあるじゃないですか。

 母上と、マツさんもご紹介しないと」


「おお、そうだったな!

 奥方、こちら、私の妻のアキです」


 後ろで大きな黒いタマゴを抱えた女が頭を下げ、


「アキ=トミヤスで御座います。どうぞ、よしなに」


 マサヒデが隣の女を見て、


「私の妻のマツです」


 マツが優雅に頭を下げ、


「マツ=トミヤスで御座います。

 マサヒデ様が、いつもお世話になっております」


 またラディの母は仰天して、


「え! え! ちょっと、今朝、出産されたって! 大丈夫なんですか!?」


「はい。大丈夫です。そして、こちらが私とマツさんの子です」


 マサヒデがアキの方を向く。

 アキが一歩前に出て、抱きかかえたタマゴを見せるように、少し前に出す。


「は? え?」


 マサヒデが笑いながら、


「マツさん、魔族なんですよ。見た目は人族と同じですけど。

 タマゴで産まれる種族だったんです」


「タマゴで?」


「ええ。出産も簡単なもので、ことん、とタマゴが落ちて、終わりでした」


「はあ!?」


「産まれた時は、鶏のタマゴくらいの大きさしかなかったので、何ともなく。

 お腹から出て、この大きさになりました」


「・・・」


 ラディの母が、呆然として口を開けている。

 くす、とマサヒデは笑って、


「父上、母上、馬車を迎えに行った時、あんな顔してたんですよ」


 カゲミツとアキは顔を見合わせ、


「まあ、なるよな?」「なりますよ!」



----------



 マサヒデ、マツ、アキはカウンターの横の椅子に座り、ラディの母と出産の経緯やら、出会いの話やらを話している。


 出会いの経緯などはアキも聞いていなかったので、アキも笑いながら興味深そうにマサヒデ達の話を聞いていた。


 カゲミツは店に並んだ武器を眺め、ううむ、これは、などと唸っている。


「で、こちらが私とマツさんの子でして」


 アキが立ち上がって、カウンターにタマゴを乗せ、倒れないように手で支える。

 黒いもやが垂れ、う! とラディの母が背を反らせたが、マサヒデは笑い、


「ふふ。初めて見ると、皆、驚きますね。

 このもや、すごい魔力が殻にあって、それを外に出すために出てるそうです。

 そのうち止まるそうですが」


「魔力、ですか?」


「マツさんの事はご存知ですよね。人の国で、3本の指に入る魔術師だって」


「ああ! マツ様の魔力を受け継いでいるという訳ですか!」


「ええ。お医者様も、この子は将来、必ず大魔術師になると。

 ははは、私も鼻が高いですよ」


「へーえ! トミヤス様、これはなりますよ。

 今から楽しみじゃありませんか!」


「いやあ、そうなんですよ。

 父上も、剣聖の孫が大魔術師だなんて大はしゃぎで」


「そりゃあ、誰だってはしゃぎますとも!

 私だって、ラディが大魔術師だなんてなったら、大はしゃぎですもの!」


「ラディさんはすごい治癒魔術がありますからね。

 もう、大治癒師って肩書が出来てもおかしくないです。

 マツさんも、そう思いますよね?」


 マツがにっこり笑って頷く。


「ええ。間違いなく」


「またまた、マツ様まで」


「いえ、お世辞ではありませんよ。

 魔術師協会に申請すれば、間違いなく何らかの称号は頂けます」


「ええ? 本当かしら? あのラディが?」


「本当ですとも。何でしたら、今度、私が申請しておきましょうか?」


「うふふ。ありがとうございます。

 こんなお世辞聞いちゃったら、ラディが舞い上がっちゃいますよ」


「あの、お世辞ではありませんのに」


「マツ様、そこまで娘を買って頂いて、ありがとうございます。ご馳走様です」


「・・・」「・・・」


 マサヒデとマツは顔を見合わせた。

 今度、本当に申請をしてみようか?

 ラディの治癒魔術は、それほどの技術なのだが。


「ところで、ご注文をお聞きしても?」


 む、と屈んで商品を見ていたカゲミツが立ち上がり、カウンターに歩いて来た。

 きりっと顔を引き締めたカゲミツは、流石に迫力がある。


「うむ・・・今回は、ご亭主に私の孫の守り方を打って頂きたく参りました」


「え! 守り刀ですか!? カゲミツ様の、お孫さんの!?」


「そうです」


「うちで、うちで良いんですか!?」


「ご亭主の腕は、以前頂きました刀で、しかと見せて頂きました。

 恥ずかしながら、私、見た瞬間、身が固まってしまいましてね。

 我が孫の守り刀、任せられるのは、ご亭主しかおりません」


 数瞬して、ぼろぼろとラディの母が泣き出した。

 あ、と驚いて、マサヒデ達が立ち上がる。


「ああ! カゲミツ様! ありがとうございます!

 すぐに、すぐに亭主を呼んで参ります!」


 ラディの母は口を抑え、涙を流しながら、カウンターを回って仕事場の戸を勢い良く「ばーん!」と開けた。


 かん! きん! かん! きん!


 中では、ラディの父が左手で鋏で真っ赤な鉄を掴み、右手に小さなハンマーを持って、ラディが大ハンマーを上げ、2人で鉄を叩いている。


「あんた! あんたー!」


 ラディの母の大声が響く。

 ん? ホルニが顔を上げ、ラディがこちらを向いて、驚いた顔で固まった。

 ラディとラディの母が何やら言った後、ホルニも驚いてこちらを見た。


 からん、と鋏が落ち、ホルニがのっそりと立ち上がる。

 後ろに、ラディとラディの母がついて来て、3人が仕事場と店の間の戸の前で立ち止まった。

 3人はそこで膝を付き、手を付いて頭を下げた。

 ホルニが頭を下げたまま、


「カゲミツ様、ご注文、有り難く承りました」


 カゲミツはカウンターからホルニの前へ歩いて行き、膝をついて、


「頭を上げて下さい」


「は」


「ホルニさん。あなたの腕は、先日見せて頂きました。

 私、身が震えました。是非とも、あなたに我が孫の守り刀、打って頂きたい」


 と、カゲミツはホルニの肩にぱん、と手を乗せて、ふはっ! と笑い、


「俺の孫は、タマゴから産まれるまで何年も、もしかしたら何十年もかかるんだ。

 だから、あんまり急がなくても良いんだよな。

 でもさ、最高のを頼むぜ! 宜しく頼む、ホルニさん!

 時間も金も、いくらかかっても良いからよ!」


「必ず、最高の物を!」


「良い気合だ! 流石、ホルニさんだな!

 じゃあ、3つ、注文つけさせてくれ」


「何なりと!」


「よし。じゃ、ひとつ目。守り刀っちゃあ、普通は小刀だけどさ。

 今回は刀で頼むぜ! 剣聖の孫なんだからよ!」


「はい!」


「ふたつ目。貰ったやつは無銘だったけどよ。ちゃんと、銘、切ってくれるか」


「私の銘を!? カゲミツ様の、お孫様の、守り刀に!」


「そうだ! あんたの銘が欲しい。頼めるか?」


「私の、銘を・・・光栄です!」


 ぽろりとホルニの目から涙が垂れる。


「最後、みっつ目。今度、道場に遊びに来てくれ。

 俺が持ってる中で、最高の刀、見てもらいてえんだ」


 すっとカゲミツが腰から三大胆を鞘ごと引き抜く。


「こいつは、俺の愛刀、三大胆だ。

 少し見てもらえるか。今日はあんま時間ねえから、ちらっとで申し訳ねえが」


 カゲミツがホルニに三大胆を差し出す。

 ホルニがラディの方を向いて、


「ラディ! 手拭い!」


「はい!」


 ラディが立ち上がって、ばたばたと仕事場に駆け込み、手拭いを持ってくる。

 ホルニが受け取って、何度も手を念入りに拭き、受け取る。

 震える手で、するう・・・と三大胆を抜く。


「む! む! むう・・・」


 三大胆が、薄暗い仕事場で燦然と輝く。

 これが三大胆の力のひとつ。

 この輝きに当たれば、何の抵抗もなく斬る事が出来るという、怖ろしい力。

 明らかに、店に入って来ている明かり以上の光量だ。


「ふふふ。どうだい。これが三大胆だ。

 他のも、いくらでも見てってくれて構わねえ。いや、頼むから見て欲しい。

 俺の所にあるのが、少しでも注文の参考にでもなれば、だろ?

 勿論、趣味で色々見てってくれて構わねえ。時間はあるんだ」


「・・・」


 ぐ、とホルニは目を瞑り、ゆっくりと三大胆を納め、カゲミツに返した。


「眼福・・・眼福でした!」


「ははは! うちに来てくれたら、いくらでも見せてやるから!

 他にもお宝はあるんだぜ。あんたの作も、俺のお宝のひとつなんだ」


「宝・・・私の作が、カゲミツ様の、宝・・・」


 ついにホルニはぼろぼろと泣き出してしまった。

 後ろで、ラディ達も泣いている。


「ところで、あの研ぎ、イマイさんとやらの研ぎだってな」


「はい!」


「よし! じゃ、研ぎはイマイさんで頼むぜ!

 今から、俺も頼みに行ってくるからよ」


「はい!」


「ホルニさん、気合入れすぎて、よし、今から! なんてご法度だぜ。

 ちゃんと、ご家族も食わせねえと、注文出しちまった俺も申し訳が立たねえ。

 時間はいくらでもあるってこと、忘れねえでくれ」


「ありがとうございます!」


 うん、と頷いて、カゲミツは立ち上がり、


「って訳で、宜しく頼むぜ! 俺も、また覗きに来るからよ!

 トミヤス流は刀だけじゃねえ。剣に槍に薙刀から弓と、色々とやってる。

 ホルニさん、この店の品、気に入った! これから贔屓にさせてもらうぜ!」


 カゲミツはくるりと振り返り、


「マサヒデ! イマイさん所に案内しな!」


「はい」


 がらりと戸を開けて、カゲミツ達は出て行った。


「く、く、く・・・」


 ホルニが嗚咽を漏らす。

 後ろでラディと母も泣きながら、


「ほんとに、トミヤスさんはいつもいつも、良い注文を・・・」


「マサヒデさん・・・泣かせるのは、カゲミツ様譲りだったんですね・・・」


「ほんとに、ほんとに・・・」

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